第146話「憑依アプリMMOディルムン」


 ユナの喚きのあと、しばらく他愛のない会話が進む。

 だがその喧騒は唐突に打ち切られた。

 

 「......騒々しい人達ですね」

 

 その声はレストルームの入り口から聞こえる。

 見かけは幼い少女の霊体が、いつの間にかレストルームに居たのである。

 

 「霊体の声は響くのですよ、目立つので迷惑極まりないのです」

 

 その少女の姿は巫女服と派手な冠、後ろに纏めた長い髪。

 その髪の結いかたは古風な出で立ちである。

 

 「おおおお! 誰かと思えば紀伊(きい)ちゃんじゃないかー! 」

 

 フォッカーが思わず抱き上げて、高い高いと掲げ上げた。

 

 「コラこの糞野郎、やめるのです! ていていてい! 」

 

 ゲシゲシ蹴られるフォッカー、紀伊と言われた幼女の霊体はフォッカーの腕を振り払い、フワリと着地をすると、ユナを見て語る。

 

 「カンチョウのメールに聞くに、貴女が札に取り憑かれた生き霊なのです? 」

 

 「は、はい......ユナと申します......貴女は?」

 

 ユナは何故か改まって挨拶をすると、紀伊から感じとる不思議な感覚に困惑する。

 

 (なんか......亡霊にしてはフワッとしてるような......)

 

 

 「挨拶が遅れたのです、私は紀伊(きい)......この地下帝国の帝(みかど)をしているのです」

 

 「「ええええええええ!! 申し訳ございませんでしたああああ! 」」

 

 ユナは目が点に代わり、当然の反応を見せる。

 そしてへりくだり、農民が大名行列に出くわしたかの如く、平伏する。

 

 「新たまなくても良いのですよ? ここに居る紀伊は本体から別れた分霊に過ぎません」

 「同じような分霊は地下帝国各地に散っているのですよ」

 

 紀伊は自らの存在の形を説明する。

 単なる亡霊のボスではない様で、正に帝に相応しい統率力を行える技能を持っているようだ。

 

 「私が呼んだんだ、ユナ君の札の事なら彼女に聞くしかないと......」

 

 カンチョウは自ら依頼したことを語る。

 そして続いてねぱたが語った。

 

 「ウチは会うの初めてやけど......前に師匠が言ってたわ、帝さんってかなり昔に産み出された"式神"なんやろ?」

 

 「式神? 頭目さんたちが使ってたモノと違うんでしょうか?」

 

 ねぱたの反応にユナが追従して問う。

 彼女が知る式神とか全く違う高尚な感覚、亡霊の国の帝がそんな存在だとは思わなかった様子。

 ねぱたに対し紀伊は語る。

 

 「なるほど、貴女はあのおじいちゃんから聞いたのですね......私が式神として産み出されたのは千年も前なのです、しかも他の式神と違い、強く意識を持たされて......」

 「そしてこの地下帝国が戦後に生まれたその日から、ずっと紀伊を名乗っているのです」

 

 紀伊はモノ哀しげな顔で語る。

 ......が直ぐにユナの方に話題を反らした。

 

 「まあ......そんな事より今は貴女の状態を知るため一度宮殿に来るのです、大掛かりなイベント準備で余りスケジュールが空いてないので忙しいのです」

 

 「スケジュール? 何のイベントをするんですか?」

 

 紀伊の発言を聞いてユナが問う、この街のイベントに興味深さを感じている様だ。

 スケジュールについて紀伊が語る。

 

 「地下帝国下層の廃都、ここで期間限定の大規模ゲームイベントを行うのです、ここに居る全ての亡霊達がスタッフとして参加しているのですから、あなた達も手伝いをお願いするのです」

 

 「ゲームイベント? 一体どんなのをするんだ? 」

 

 ザジがふとそのゲームイベントというワードに食い付く、まるで何処かのバトルイベントを見るような予感を持っていた。

 

 「大規模ジオラマMMO"ディルムン"の準備なのです、地下帝国の使われてない都市を、丸ごとアプリで生き霊になった人間達の遊び場にするというゲームイベントなのです」

 

 「おおおおお!! 」

 

 ザジが珍しく喜びの声を上げる、交流ゲームイベントという舞台にわくわくが止まらない様だ。

 紀伊が続けて言う。

 

 「腕に自信のある亡霊達はボスキャラになったり、案内人になったりとプレイヤーを楽しませるのです、憑依アプリはこちらで改良した完全無害の新型を使うので、安全性は完璧なのです」

 

 ゲーム内容を語る紀伊、顔が戻ったラマーも会話に参加する。

 

 「実はここ最近はイベントアプリのプログラミングの手伝いしてたんだ、憑依アプリの調整で二依子ちゃんのデータがかなり参考になったよ」

 

 ザジが喜んで語る。

 

 「じゃあ......みんな呼んで良いかな? 」

 

 ザジがそう言うと、紀伊はサムズアップして言う。

 

 「当然なのです、イベントの案内人を任せるのですよ」

 

 喜ぶザジ、きっとこの街は思い出になるに違いない。

 さっきまでオーヴァードエッジでぶちギレてた姿とは大違いである。

 ユナもその方針に賛同する。

 

 「私もみんなに会いたい!! 」

 

 「いや、貴女はまず札のチェックですよ、まだそれが何なのかハッキリさせる必要性があるのです」

 

 紀伊に喜びを塞き止められてションボリするユナ。

 紀伊は神妙な面持ちで語る。

 

 「貴女を形成しているその札は、私の聞いた報告の限り陰陽師の札の範疇を超えているのですよ」

 「くまなく調べる必要性があるのです、それまで付き合って貰いますよ」

 

 そう言うと紀伊はユナをレストルームから出させてヌイグルミボディにぶちこみ、引きずる様に連れていった。

 

 「......早くみんなと遊びたいクスン」

 

 ユナの受難はまだ始まったばかりだ。

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