第2話 変人美女
「くわー!生き返る!」
時刻、深夜3時半、カーテンを閉め忘れていた降りしきる雪をバックに、絶世の美女がソファーで大股開いてお茶飲んでいる。
何だこれ。ダメだ、僕の現状把握キャパシティを遙かに超えてきた。
「次は自分でやる!」
僕の頭痛をよそに彼女は嬉しそうに種入り梅干しが具のおにぎりを剥いた。
「おー!見ろ!出来たぞ!」
「出来ない人をお見受けしたことはありません」
「すっぺー!」
「種を普通に吹き出す人がありますか!」
構わずご飯を食べ続ける彼女に、あきれてカーペットに落とされた梅干しの種をティッシュで拾った。
「おお!良きに計らえ。」
「どこの殿様ですか!」
「姫とは呼ばれ続けてきたぞ!」
「こんな姫、どんな童話でも物語が成り立ちません!」
「おしい、俺は昔話から名前が付いている!」
「なんでドヤ顔なんですか!納得がいかない!」
あ、そういえば、自己紹介してなかった。普通初めにする物だった気がする。いや、そもそもこの関係性で自己紹介ってするものなんだろうか?
「俺、かぐや、って言うんだ。月の姫って書いて、かぐやだ。」
「なんていうんでしたっけ、そういう名前。そうだ、キラキラネームだ。」
「ははは!キラキラしてるくらい綺麗な名前か!」
「いえ、キラキラネームに込められているのは皮肉と嫌みです。」
さて、名乗られたなら、僕も名乗らないといけない。
「僕は雪です。地頭雪。」
「え、地獄行き?」
「じとう!ゆき!です!なんでみんな間違えるんでしょう。似てる音でもないですし、聴力を疑います!」
「女っぽい名前だから、ピンと来なかったんだよ。お前、男か女か一瞬わかんねーし」
僕が中性的だ、というのは周りの反応で知った。初対面の人にはよく探るように体を上から下まで舐められてしまう。理由を聞いて、男らしいフォルムの角張ったこの黒縁の伊達眼鏡を付けたのは大学生からだ。昨年からはブルーライト遮断付きに変更した。
「なるほど。そういう側面もあるんですね」
「お前、素直なんだな」
「嫌みですか?」
「感想にいちゃもんつけるな」
「ではありがたく受け取っておきます」
僕はテーブルの片付けに入った。
「まだ腹が減っているんだが」
「はいはい。どうぞ」
僕は残りのご飯をすべて差し出した。
「デザートしかないぞ。」
「僕の主食です。」
「そんな食生活もあるんだな」
彼女はスイートポテトの袋を開ける。
「お前、本当に不思議な奴だな」
「何がですか?」
「俺が何であそこにいたんだとかも聞かないし、襲わなければ、拝みもしない」
「え、拝む?」
「初めにあった奴は土下座して俺を拝んだぞ。」
「それはまた特異な方に出会われてますね。」
「いや、そこから拝む拝む襲う拝む襲うのコンボだった。」
指を折りながら彼女は言った。
「それは、これからの日本が心配です。」
「みんな、俺が美しいしか言わねーから、むかついて田んぼに飛び込んでやった。
そしたら誰も寄りつかねーでやんの。」
ああ、それであの泥だらけだったんだ。なんでこんな汚れるんだと思った。
「それは、ご無事で何よりです。」
「全くだ。空手とか合気道とか何で教えられるのかと思ったが、よくわかったよ。」
なるほど。これだけ綺麗な子を持つと、親はそういうことをするのか。彼女はスイートポテトを一口で口にいれ、もごもごと口を動かしている。躾はなってないから、よほど甘やかされて育ってきたんだろう。
「なんだよ。これ、食べたかったのか?」
「いえ、別に。」
「お前、本当に何も聞かないな。どうしてこんなとこにいるんだとか、気にならねーもん?」
「基本過去は詮索しない主義です。」
「歳すら聞かないもんかね?」
「年齢に意味は無いと思うので。その人がどういう人か、ということの方がよほど大事でしょう。」
彼女は「ほー」と声に出して驚いていた。何がそんなに新しいのだろう。これだから人との接触は苦手だ。
「俺は、興味あるぞ。雪はいくつだ?」
突然名前を呼ばれて、若干動揺した。名前を呼ばれるのはいつ以来だろう。
「24歳です。」
「へえ、同じくらいだと思ったよ」
「何歳なんですか?」
「18だ。いや、待てよ。今日、何日だ?」
「えーと」
今の仕事の締め切りが2月8日だ。その二日前の今日は
「2月6日です」
「じゃあ、19歳になったんだな。」
「誕生日、いつなんですか?」
「2月4日だよ。」
今度は僕が驚く番だった。
「同じ誕生日なんですね。」
「そうなのか?奇遇だな。」
「まあ、僕の場合は、推定ですが。」
「すいてい?」
「僕が施設の前に置かれていたとき、置かれていたのは名前が書いている手紙だけだったんです。雪という名前から、その数日で雪が積もった日が誕生日だったんだろう、と」
「お前、親がいないんだ?」
しまった、と思った。どうして人はそういう言葉を普通に投げつけられるのだろう。その言葉に潜ませる、侮蔑、哀れみ、嘲笑に僕が気付かないと思うのだろうか。それを言うことで、僕からどんな反応が欲しいんだろう。
「そうですが、何か?」
警戒しながら返した。
「そういう奴もいるんだなと思って。俺もお袋はいないよ。」
そういって、彼女は小さいシュークリームが沢山入った袋を開けた。予想外に、彼女から他意は感じなかった。
「じゃあ、誕生日は誰かに祝ってもらったのか?」
「誕生日なんて、施設出てから祝ってもらったこと無いですよ。」
「そういうもんなのか?誕生日は盛大に祝ってもらうもんだと思ってたんだが。」
「それは良かったですね。」
「まあ、お手伝いを18人もらったって困るだけだったが。」
「え、どういうことですか?」
「プレゼントだよ。去年、俺、18になったから。」
「いえ、そういうことじゃなくて。あなた本当にどこぞの姫なんですか?」
「まあ、みんな俺をかぐやじゃなくて、『つきひめ』って呼んでたな。」
そういうことじゃない。彼女の様子に嘘はなさそうだった。どういうお金持ちだったらそういうことになるんだろう。僕には想像も付かない世界なのは確かだった。彼女はその間にもせっせとシュークリームで山を作っていた。
「何をしてるんですか?」
「なんか、こういうケーキなかったか?」
「クロカンブッシュですか?」
「おー!そういう名前だった気がする!」
そういって、彼女はもう一つシュークリームの袋を開けた。
「何をしてるんですか?」
「いや、ケーキ無かったからさ。」
「ケーキが好きなんですね。」
「いや、嫌いじゃないけど、特別好きってわけでもない。」
「じゃあ何のためにこんなシュークリームの山を?」
しかも二つも。
「なんで、って俺もお前も誕生日祝ってもらってないんだろう?」
「・・・誕生日ケーキ代わりですか?」
それ以外に何があるんだ?と言うように彼女は首を傾げた。
「いえ、身も知らずの男の誕生日を祝うなんて、あなたも変わってますね。」
「身も知らずじゃないだろう。名前は聞いた。」
「村人が村人1になったくらいの情報ですよ。」
彼女は笑った。その笑顔はとても村人1じゃ収まらない美しさで。区別に外見がこんなに関わってくることを僕は初めて知った。
「雪は、面白いな。」
前にも誰かに言われたな。自分ではよく分からないが。そういえば、一人の人間と会ってすぐこんなに話したことがあまりないかも知れない。
「できたぞ。ローソクはあるか?」
「あるわけ無いじゃないですか。」
「じゃあ酒は?何か度数の強いやつ。」
「ありません。火事になるんで止めてください。」
「しかないな。」
そう言って彼女は電気を消した。
「なぜ?」
「え、だって歌うだろう?」
「歌?」
「え、歌うもんじゃないのか?ハッピバースデートゥユーって。」
「いや、まあ、そうですけど。電気消す必要ないじゃないですか。ロウソクも無いのに」
「気分だよ、気分。こういう雰囲気だろ、誕生日って。」
「これじゃあホラーですよ。」
「ガタガタいうな。名前のところはどうする?」
「名前?」
「名前言うだろう?ディアつき~ひめ、って。」
「言いますけど。まさか僕も歌うんですか?」
「なんだよ、自分だけ祝ってもらうつもりだったのか?」
「いえ、そもそも祝ってくれと頼んでないのですが。」
「つべこべうるせーな。じゃあもう俺とお前で!」
「何か言いにくそうです。」
「文句が多い!じゃあ、どうするんだ?」
「そもそも歌う必要が・・・」
「歌うのは決定だ!」
「じゃあ、歌うなら、雪とかぐやさんで。」
「つきひめじゃないんだ。」
「なぜ?かぐやさんが正しいんでしょう?」
そうなんだけどな、と言った彼女はどこか嬉しそうだった。
「かぐや、でいい。さん付けはくすぐったい。お前、年上だろう。」
「初対面の女性を呼び捨てする文化が僕には無いんですが。」
「お前本当にうるさいな!かぐやだ!ほら歌うぞ!」
強引に歌い出した彼女の声に、おずおずと付いていくように歌った。彼女の歌声はとても美しかった。鈴のような透き通った高さなのに、落ち着くような豊かさがあった。思わず聞き惚れて歌うことを忘れると暗いのに睨まれたのが分かって慌てて続いた。「かぐや」と言うとき、声が照れた。歌い終わると、彼女は満足そうに笑った。
「なんか、夜なのに明るいな。」
「そういえば。」
窓を見ると、雪が相変わらず降りしきっていて、発光していた。
「月だ!」
いつの間にか、窓際に移動していた月姫が歓声を上げた。移動して、僕も同じ景色を目に映す。最上階のベランダには屋根がない。見上げると雲に隠れていたのであろう大きな満月が静かに輝き、雪がその光の分子をまとってシンシンと降り続いていた。
「綺麗だな。」
「本当ですね。」
「こんな夜だったのかもな、お前が生まれた夜は。」
「あなたが生まれた夜も、そうだったのかもしれませんね。」
「確かに。月に吸い込まれそうだ。」
「帰りますか、かぐや姫さん。」
「月にもおいしいもんあるかな。」
「おいしそうな色ですけどね。」
「カスタードみたいな?」
僕たちは笑いあった。今までにない異性との距離であることも気付かず、その日僕は月姫が「そろそろ寝るか」というまで一緒に同じ光景に見惚れていた。
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