第2話

「おーい、レオン。次これ組み立てておいてくれ」

「あ、はい。そこに置いておいてください」

ノアがいなくなってから四年。僕は十七歳になり、今は街のとある工場で働いている。

あの日、ノアがいなくなったことを聞き、信じられなかった僕は真っ先に彼女の家に行ったが、そこにノアの姿はなかった。彼女の両親が出迎えてくれたが突然娘がいなくなり、二人ともうろたえていた。


朝起きたらもういなかったの。あの子が行きそうな場所も探してみたけど見つからなくて。あの子顔が広いし、誰か見かけてないかと思って行きあう人に片端から訊いてみたけど、誰も。昨日もいたって普通で……本当にいつも通りだったのに……


一息に言うと、ノアのお母さんは耐え切れず泣き出してしまい、どうしたらいいかわからなくて僕はノアの家を後にした。去り際、お父さんに「知ってることや見かけることがあったら教えてくれ」と言われたが、

「そんなの僕が聞きたいよ……」

何も言わずにいなくなったノアと、何も知らない自分に腹がたって。でも何もできない僕は、そう呟くしかなかった。

その後、いつも二人で過ごしていた廃墟に向かった。『空飛ぶ舟』もここで進めていた、僕たちの秘密基地。廃墟の二階、組み立て途中の『舟』がある部屋の扉を開き、僕は目を疑った。

『舟』がなかった。

そこで僕は悟った。自分がノアに置いていかれたことを。彼女が二度と戻ってこないことを。直前まで組み立て途中だった船体をどうやって一人で完成させたかとか、そんなことも考えられないほど、その事実は僕を絶望させるには十分だった。


正午を告げる鐘が鳴り、僕は外に出た。昼休憩の間はいつも外で昼食を摂る。作業場の仄暗さに慣れた目には、夏の日差しは痛いほど眩しかった。

「……変わらないな」

夏の暑さも、人々の諦めの漂う街の雰囲気も、工場のガスのせいでまだらな空の色も。何も変わらない。強いて言うなら政府が最近弱体化し始めたことか。でもそれは僕たち市民が強くなったことは意味しない。

僕はどうだろう。この街から逃げ出す夢を語っていたかつての僕はもういない。ノアが消えたあの日、夢見る少年だった僕もまた、同時に消えたのだ。

「結局、あいつがいなきゃ何もできないんだな、僕は」

情けなくなる気持ちを拭いたくて空を見上げた、その時だった。

視界に光るナニカを捉え、僕はその光に目をやった。

「あれは……!」

見覚えのある形に思わず立ち上がり、声をあげた。そこにあったのは、プロペラのついた、銀色の丸みを帯びた形状の機械。


『空飛ぶ舟』そのものだった。


「なんで『舟』が……ノア、なのか……?」

自分で問いながらも確信していた。側面に書かれた文字が設計図を作った時にノアが入れたいと言っていたものだったから。小さかったけれど、僕にはわかった。

気づくと景色が滲んでいた。涙が頬を伝って落ちた。


––––ああ、そうだ。僕はあの空に憧れたんだ。

船体は上空を旋回し、秘密基地のある廃墟のある方角へ飛んでいった。そして僕も、いつか描いた夢に向かって足を踏み出した。

空には白い雲が、一直線に伸びていた。


〜Noah's Ark〜

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