第1話
大人になったら空にだって手が届くと信じていた。それが叶わぬ願いと知ってもなお、君とならなんだってできると––––
僕が生まれたこの街は、コンクリートと機械とガスとが溢れていて、僕らは海や草原の色も知らずに育った。政府が制定した超工業都市「アーク」。それがこの街だ。
この街にある職業というのは基本的に機械やものづくりに関わるものばかりだ。食料などの物資は街を覆う壁の外から定期的に配給される。学校もあるが、教える内容はやはり工業系に偏っているし、教員は外部からの派遣の人間が多い。それもこれも、政府がこの街を工業都市としているからで、誰かがどうにかできる問題ではない。この街に生まれた時点でその赤ん坊は抗いようのない運命のもと生きていくしかない。そして僕もその一人なのだ。
「レオン。ねえレオン、聞いてる?」
「え?ああ、ごめん、聞いてなかった。何?」
「やっぱりね。人の話は聞きなさい、って先生にも言われてるでしょ!」
もー、と頰を膨らますのは二つ年上の幼馴染のノア。彼女もこの街で生まれ育った子供の一人だ。明るくて素直で優しくて、誰とでもすぐ仲良くなるノアはいわゆる人気者というやつで、僕なんかとは違ってみんなから愛されるような子だ。
「だからごめんって。で、何?」
「フフフ……聞いて驚くでないぞ、レオン君」
ニヤっと笑い、彼女はカバンからノートを取り出してフセンの付いたページを開いた。
「なんと!この前話した『空飛ぶ舟』の設計図が完成しました!」
「えっ、本当に?」
「うん!ほら見て!」
ノアが差し出したそれを見ると、確かに先日僕と彼女が話したときに出てきたもの……『空飛ぶ舟』の設計図があった。
「ここが操縦席で、後ろが助手席ね。で、これがスクリューで、こっちに燃料タンク!」
「え、モーターは」
「モーターはこっち!どう?なかなかうまく出来たでしょ?」
満面の笑みで得意げに言うノア。彼女のいうとおり、それは子供が書いたとは思えないほど緻密な出来だった。
「これが作れたら、空飛べるかな……」
「うん!これさえあれば空だって飛べるし、あの壁だってきっと……」
そこまで言って僕らは黙った。
この街が嫌ならば、壁の向こうの世界に行こう。そこにはきっと、見たことのない景色も、抱くことすら叶わなかった夢だってあるはずだ。
今まで何人もの人がそう語り、しかし諦めた。壁の近くには政府から派遣された警官が多くいる。物資を運んでくる船や、それが止まる河岸も然り。いつだったか夜中、警備の薄いところでハシゴを使って壁を越えようとした者がいたが、壁が高すぎて半分にすら届かなかった上、警官に見つかり射殺されたという。以来、この街からの逃亡を試みた者はいない。誰もがそれを諦めている。
だけど僕たちは考えた。空を飛ぶナニカがあれば、それに乗って壁を越えていけるのではないかと。そうして立てた計画が、この『空飛ぶ舟』だった。車が空を飛ぶとは思えないけれど船なら船体に進むときに水をかくスクリューが付いているから、それを使って空気を動かせば空を飛べると思ったのだ。
設計図によって計画に現実味が出てきて、僕もノアもワクワクした気持ちを隠しきれない顔をしていた。
レオン 十二歳、ノア 十四歳。
設計図の隅に小さく記して、いよいよ計画が始動した。
「『舟』を完成させて、一緒にこの街を抜け出そう」
そう約束したあの日から一年後。
ノアが突然、姿を消した。
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