八 曙の後に見る夢
がばり、と綺はベッドの上に身を起こした。ぜいぜいと息は荒く、肺が必死に空気から酸素を取り込んでいる。――そう、空気から。
寝癖のついた髪や、しわくちゃの寝巻の袖に触れる。寝汗で湿っぽい感じはするが、ちゃんと乾いて、重力に従っている。
カーテンが朝焼けに染まっていた。時計を見ると、まだ起きるには少し早い時間だ。
「夢……か。そうだよね、夢だよね」
何度も自分に言い聞かせる。瞼の裏にまだ、青い光が残っている。
いやに滑稽で、それでいて現実味を帯びた夢を見た。まるで、実際に水の中を歩き、魚に触れてきたようだ。廊下に転がっていた巻き貝の堅さや、優雅に広がるミノカサゴのひれの色が、はっきりと思い描ける。彼女の、水に揺れる黒髪や、温かくて細い指、その口が紡いだ言葉まで。
夢というものは大抵の場合、陽が傾きはじめる頃にはすっかり薄れてしまう。だがこの夢は、しばらく記憶に残りそうだった。
多少の願望も混じった予測ではあるけれど。
その日の朝礼で、生徒たちは、築村芳乃が目を覚ましたと告げられた。
文化祭の前日。
足の踏み場もない廊下を、慌ただしく歩いているときだった。
「築村さん! 久しぶり!」
「もう大丈夫なの?」
女の子たちの高い声に、綺ははっとしてその教室の中を見やった。
劇のセットらしきものが組まれた、ごちゃごちゃの部屋の中で、白い三角巾を吊るし黒い鞄を下げた築村芳乃が、クラスメイトに囲まれていた。どこか近寄りがたい雰囲気は同じだ。事故の前と変わらず、輪の中にいてもひとりだけ、少し違う空気を纏っている。
不意に、彼女が顔を上げる。綺の身体にさっと緊張が走った。
視線が合ったその瞬間、芳乃はたしかに微笑んだ。
そのまま視線はすぐに外れて、綺はB組の前をとおりすぎた。階段を降りながら、思う。
今度、どうして鯉なのか訊いてみよう。
顔の横を、銀に光る小魚の群れが泳ぎ去るのが見えたような気がした。
アクアドリーム 音崎 琳 @otosakilin
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