『終戦と今』
再び政務室へとやって来た男。正体を一切明かさないこの男は話を始めた。
人々の思いが絡まりあった戦争の行く末を。
「……それは<千年戦争>が始まって数百年経った頃だった。」
人々が戦う目的を失って、なお、戦い続けた戦争の果てに遂に一人が立ち上がろうとしていた。ただ、その者は女であった。戦争を終えるには力が足りなかった。
その女は戦争を終えるだけの力を蓄えるために各地を転々とした。その途中で巻き込まれた戦闘の流れ弾に左腕を持っていかれた。だが、女は諦めなかった。各地を転々とした後、一人の男が呼び掛けてきた。
「戦争を終わらせたいですか?では、私が助けて差し上げましょう。」
その女は男を見た。美しい男だった。何故か服に一滴も血が付着していない。戦争は激しく、女がこれまで見てきた者達で血を流し、血を浴びない者はただの一人もいなかった。
「あなたは……何者?」
「何者だっていいのです。あなたは戦争を終わらせたいのでしょう?では私の力を借りなさい。」
男はそう言うのだった。女はそれを聞いて驚いた。
男からは不安の欠片も感じられなかったからだ。この自信はどこから湧いてくるのか。女は疑問だった。だからこそ試してみようと思った。
「嘘つきは嫌いだわ。」
刹那。男は己の剣を女の首元に向けていた。一歩でも動けば首を刎ねられる。男の実力は申し分ないものだった。
「……試しただけよ。分かったわ。私はあなたの力を借りる。」
それが女と男の出会いだった。
男は最後まで正体を明かさなかった。女も同様に正体は明かさなかった。互いに勘づいてはいたのだが。
二人は結託すると、まず近くである戦闘を止めようとした。部下が必要だと思ったからだ。さらには生きる気力を失くした平民を率いようとした。
二人が訪れた戦線は語り継がれる程に残酷であったという。味方となるものには慈悲を与えられる。但し、敵対する者は以降降参しようとも惨殺された。そして、晒し首にされた。
平民達はその実力と慈悲に縋った。畏怖を抱きつつも。それに縋るほかなかったのだ。
二人はそれを最大限に利用した。戦えるものには武器を、戦えない者には荷物を持たせた。
戦える者には戦い方を教えた。戦えない者には料理を教えた。戦い方は男が。料理は女が教えたのだ。どこでその知識を得たのか、誰にその知識を得たのかは教えた女と男にも分からなかった。
自覚が芽生えた時には両親はいなくなっていた。ただ、自分が誰なのかを知っていただけだ。
その内に二人が主となった人々は組織となり、国となった。小国だが、領地を確保した。戦えない者達に防壁を作らせた。戦える者には守らせた。
二人は君主となった。女は女王に男は王に。その領地は瞬く間に広がっていった。それが世界の半分ともなる頃。男は言った。
「そろそろ結婚しましょうか。」
「いいわよ。」
二つ返事だった。その間に恋愛感情があったのかは分からない。だが、二人は喧嘩をしなかった。仲睦まじい訳でも無いが、険悪な仲になる事は生涯なかったようだ。
二人は終戦までの過程を順々に終えていった。
戦わない者はこの国に平和を求めてやって来た。
戦いたい者はこの国に争いを求めてやって来た。
戦わない者には慈悲を。
戦いたい者には惨殺を。
このスタイルは最後まで変化させなかった。批判する者もいなかった。皆が皆、この二人には恐怖を抱いていたからだ。
この二人は戦いに型が存在しない。あらゆる手を使って相手を殺した。言葉で殺し、武器で殺し、己の手で殺した。殺される敵には共通点があった。皆、怯えながら死んだのだ。二人は、敵に回してはいけない相手だった。
その後に戦争が始まり、千年。<千年戦争>は終戦となった。二人は世界を統一させ、全国民を前に平和を語った。
人々は平和を歓喜し、涙を流した。見つかった家族との再会を喜んだ。仲間の無事を喜んだ。
そうして、平和となったのだ。
平和となった後、女は男と話した。
「あなたと私。それぞれについて話さない?」
と。男は承諾した。いつかは通らなければいけない道だと知っていたからだ。出会った最初から。
「私の先祖はとある小国の王子だった。平民の娘を愛したの。最終的に結婚したわ。子供は忌み嫌われたらしいけど。戦争を引き起こした張本人としてね。」
「私の先祖はとある大国の王女だった。とある小国の王子を愛した。最終的に振られてしまった。怒りのあまり、戦争を引き起こしたそうだけどね。」
そう、二人は千年前の小国の王子と大国の王女の子孫だった。小国の王子は望んだ結婚はして結局、平民に殺された。大国の王女は望まない結婚をして結局、貴族に殺された。境遇は同じだった。
あれほど先祖は憎みあった過去がありながら、皮肉なものである。千年の末、子孫が結婚したのだ。何の為の戦争だったのだろうか。
男は己の出生を語った後に言った。
「私の存在は全ての国民にとって恥ずべきものです。私は影に生きます。あなたは光を生きて下さい。」
「……でも。」
「それぞれの道を歩みましょう。それがお互いの為です。」
女は渋々承諾した。傍から見れば、名目上として結婚したかのように思えたこの結婚も実は互いに愛し合っていたのだ。だからこその千年の皮肉なのである。
男は王宮を去った。そして影となった。以後その帝国が危機を迎える度にその男は影から帝国を救った。それは伝説となりお伽話となった。
『帝国が危機を迎える時、影が救うだろう。』
────と。」
男は話し終えた。男は皇帝を見る。そして皇帝も男を見る。
「気付いたか?俺の事を。」
「ああ。クーデターが起こったにしては収集が早かった。騎士達の動きも驚く程、統率が取れていた。どうやってあれほどこちらに有利になっていたのだろうか、と思ってはいた。」
そう、騎士達の統率が取れた行動は皇帝の指示したものではなかった。また、貴族側もあまりにも騎士達の行動がバラバラであった。不自然だったのだが、クーデターの対処に追われていたため、深く考える時間が無かったのだ。
「……そうか、お前だったのか。」
「ああ、そうだ。」
これが二人を互いの意味を感じ取った証だ。
「俺は影に生きた男。<千年戦争>の終戦と共に影を生きた男の一族の末裔だ。」
「……そして、私が女の一族、か。」
「ああ。念願の再会と言う訳だ。」
皇帝は話し終えた直後から悟っていた。そうなのだろう、と。事実そうだった。何故、政務室の隠し扉を知っているのか。男の一族であると考えるならば全く違和感が無いのである。
「これは皇帝が変わる度、話しているのか?」
「いや、お前が初めてだ。俺の父親も話してはいない。」
「何故、話そうと思った?」
「単純な話さ。今の皇帝が美しいからさ。」
「ああ、忘れていた。私は女だったな。」
世界を統一した巨大帝国。その皇帝は代々女が皇帝を務めている。これは初代皇帝から全く変わっていない。
また、影に生きた男の一族も当主は男が務めている。初代当主から全く変わっていない。
「そろそろまた血を濃くしてもいいかな、と思ってな。」
男はそう言った。不器用ながらの求婚なのだろう。皇帝は微笑した。その姿は一枚の絵のようだ。男も美形である。どちらも先祖譲りなのだろう。そして、女は言った。
「私もそれは賛成だな。」
皇帝も不器用ながら求婚を受け入れた。
そして、二人は結婚した。男の正体は皇帝によって隠された。勿論、男の存在もである。
二人は数年後に子供を授かった。
二人目の出産の後、初代皇帝と結婚した男がしたように男は去っていった。最初に出産した息子を連れて。
皇帝は二人目に生まれた娘を育てた。
息子は裏の当主に。娘は表の君主に。
その二人は稀なる才能を発揮し、歴代最高の君主と当主になったのであった。』
ここで
では、この報告書はどうしてある?
それが謎だった。どうやってここに長年の間、見つからずに残っていたのだ?若しくは分かっていて隠したのか?それでは、この
と、言うことは。皇帝は背後を振り返った。
────そして、そこには予想通り男がいた。
「俺の
男はこう言った。
隠された謎と巨大帝国 夜月 朔 @yoduki_saku
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