酒宴と葉巻

 ヘルサは酒をお代わりをオーダーした、出来上がっている。タダ酒を思う存分楽しんでいた。

「『フルンジ・南国スペシャル』ですが、残念ながら果実がもうございません。変わりにフルンジの蒸留酒とベリーのカクテルはいかがでしょう。ベリーはシロップに漬けてまして甘みもございます」

「それを頂戴。うーん、今日はとことん行きましょう!」

 ヘルサは頬を赤らめ、えびす顔になっている。

「畏まりました」

 ジュガはフルンジのボトルから酒を注ぎ、紅い果実の漬かったシロップを加えステム。恭しくグラスを差し出す。


「ありがとう」

 ヘルサは謝意を述べるなり、酒をグイっと飲む。

「シロップは甘いけどベリーはかなり酸っぱい!酸味でキツい酒精でもイケる」

 ヘルサは満足げに杯をすすめる。


「閣下、お煙草をお吸いになられていますが、シガーをお持ちしましょうか。煙草の値上がりで死蔵品になっておりまして、この機会に是非」

 ミラが耕助にすすめる。

(煙草は貴重品だと聞いている。さぞかし高いのだろう、だがシルタ家はもてなすことを家訓にしている。一つ甘えるか)

「葉巻ねぇ。この宴は長くなりそうだし一本頂きましょう」

「畏まりました。騎士殿は」

「では甘えるとしよう、一本ください」

 倉田は取り出したアメリカンスピリッツに火をつけず仕舞う。


 若い女中が水差しを持ってくる。

「アノン家より取り寄せた蒸留水でございます。ぬるかったので冷却魔導で冷やしました」

「ありがとう、みんなに一杯ずつ注いで」

「畏まりました」

 若い女中が頷く。

「私がお注ぎします。貴方は九十二番の葉巻をお持ちして」

「か、畏まりました」

 女中は僅かに顔を引きつらせて一礼し、去る。


「因みにですが、葉巻はおいくらで」

 耕助は恐る恐る尋ねる。女中の表情からして相当高いに違いないと踏んだ。

「正規価格は十万ギニーになります」

「十万!」

 耕助が俸給として与えられるのは五十万ギニーだと聞いている。

(大臣職の俸給、五分の一の葉巻だと。とんでもない代物だ!)


「いいんですか、無料で」

「ええ。このお値段ではどなたもご注文されません、売れないならば商品価値が無いも同然です。折角のお祝いの席ですし、ユミナ様からは全力でもてなせと命を受けております。お気になさらず」

 ミラは新しいゴブレットを配り、水を注ぎながら事もなげに告げる。

(このミラって人は結構地位が高いのだろう。一財産を左右させるだけの権限があるってことだ。ユミナさんは相当俺達に気を回しているんだな)

 

 耕助は水を飲む。よく冷えていてアルコールでほてった体に嬉しい。倉田はちびりと水を口に含み、飲み干す。つまみのナッツを囓り、五十年ものの蒸留酒を口で転がす。

 若い女中が艶のある小箱を慎重に持ち、歩み寄る。

「葉巻をお持ちしました」

「ありがとう。貴方は控えの間にいらっしゃる侍従様にヘルサ様がお酔いになられてることをお伝えして」

「畏まりました」

 女中は一礼し、去る。


 ミラは慣れた手つきで葉巻の両端をハサミでカットする。

「確か葉巻って火の付け方にもやりかたがあったような。私は吸い慣れないものでやり方がわからない」

「畏まりました。火をおつけしてお渡しいたします」

「ターボライターがある。これを使うといい。まっすぐな炎が出る」

「ありがとうございます、お借りいたします」

 倉田がライターをカチカチと火をつけ、使い方を示しミラに手渡す。

 ミラは何度か火をつけ、炎の具合を確かめてから水平に葉巻に火をつける。ミラは丁寧な手つきでゆっくりと遠火で全体を撫でるようにライターを動かす。


「仕上がってございます」

 ミラは葉巻を差し出す、耕助の想像より細い。耕助は葉巻を受け取り、煙を吸い込む、バニラに似た芳醇な香りがふっと口に広がる。

(確か葉巻はふかすんだよな、肺喫煙ではない筈だ)

 耕助は煙を吐き出す。

「鈴石さん、葉巻は吸い慣れないか。葉巻は五秒から十秒程度かけてゆっくりと吸い込む、ふかすのは正しい。吸うのが早すぎると味が濃くなりすぎる、葉巻というのは時間を楽しむものだ」

 倉田が助言する。

(倉田は葉巻にも造詣があるのか!)

 耕助はますます倉田という男が読めなくなる。

「灰は二センチほど伸びてから落とせばいい。紙巻き煙草のようにせっせと落とさないものだ」


「こちらの葉巻はカラチス地方のものです。ヘルゴラント王国には三大煙草葉産地がございまして、カラチスはその中でも一番小さな規模の農園です。小さいが故に行き届いた管理で栽培されており味は飛び抜けております。比較的北の地方なので葉そのものが小さいのですが、四〇分は楽しんでいただけるかと」

「ちょうどいい時間ですね。ヘルサさんはこれだから長時間となるとこっちも持たない」

 耕助はミラに心の底から感謝する。

「そう思いまして。ヘルサ様、かなりのお酒好きなのですね」

「それしか楽しみがないらしい。若いのにかわいそうな娘ですよ」

「鉄家ともなれば重い責任がのしかかる事でしょう」

 ミラは優しいまなざしでヘルサを見つめる。だが当のヘルサはそんなのお構いなしに酒を飲む。


 耕助は葉巻を楽しむ。だがナム酒も葉巻も香りの主張が強い、折角の香りが喧嘩している。

「この葉巻に合うお酒はありますか。ナム酒だと果実の香りが強すぎるので」

「これは失礼をば、葉巻をおだしした時にご提案すべきでした。スミナの蒸留酒、騎士殿がお飲みになられているものはいかがでしょう」

「鈴石さん、この酒と葉巻は相性がいい」

 倉田も太鼓判を押す。

「それじゃ、それを」

 ミラは頷き、酒を注ぐ。


 耕助は酒を一口嘗める。口に入れた瞬間はシンプルなシングルモルトの様な味がする。だが、口で転がすうちに香ばしい木の香りが立ちこめる。確かに芳醇な香りの葉巻と相性がいい。

「旨いですね、酒も煙草も」

「ウィスキーと葉巻は相性がいい。特にこの酒は樽の香りが少し甘い、バニラのような香りの葉巻とは相性がいいんだ。煙草産業ってのは手がかかる、熟練した農家じゃないと栽培できない。巻くのも職人技、この葉巻はなかなかのものだ、キューバ産に匹敵する」

 倉田の解説に耳を傾けながら耕助は紫煙を楽しむ。

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