斬撃魔導のバーテンダー

 バーテンダーのジュガが斬撃魔導を使い、ヘルサに出すカクテルを作っている。南国の果実特有の強い甘い香りが漂う。


「斬撃魔導ですか。スラッタ派の方には畑の耕起をお願いしてるところですが、参加いただけないので?」

 耕助はジュガに尋ねる。

「残念ながら私めの能力は効果範囲が極めて小さく、畑を耕すのには使えないのです。料理に使用するので手一杯でございまして」

 ジュガは攪拌の度合いを確かめながら言葉を紡ぐ。


「なるほど。この店には魔導師が沢山いるんだな、この世界では珍しいのでは」

 今度は倉田がジュガに尋ねる。

「ええ。魔導師と言っても魔導力が比較的低い者が集まっておりまして。毎日魔導を創意工夫してお料理に活かしております。魔導力が強い者は兵隊にとられましたが当店の魔導師は皆兵役を免れました。微力な魔導でも拘った料理を作ることは出来るのです」

 倉田はジュガの説明に耳を傾ける、手にはスミナの蒸溜酒、それを一口嘗める。


 酒を口に含んだ倉田の顔に満足げな笑顔が浮かぶ。倉田は酒を口の中で転がし、鼻から息を吸う。そして飲み干し、煙草を一服。

「旨い、シングルモルト風だが樽の香りが複雑な味を生み出している。ふむ、樽はバヌの木と言ったか。ミズナラに近い香りだな、かなり強い香り。伽羅に似た香りがする、まろやかな口当たりだ、流石五十年もの」

 倉田が感心したように呟く。

「左様です。スミナの蒸留酒はアルコール強め、味はシンプルが定石ですがこの酒は敢えて香り付けをしています。五十年を過ぎると樽の香りが強くなりすぎるので、余程好みで無い限りこれがお勧めです」

「確かにこれがちょうど良い。これ以上香りがつくとくどいな。チェイサーをもらえるか。あぁ、水はアノン家から取り寄せてもらおう。控えにフェリアというメイドがいる。彼女に水を転送するよう頼んでくれ」

「畏まりました。お水ですね」

 ミラが目配せすると若い女中は席を離れる。


 ジュガはカクテルグラスに手をかざす。

「神よ、我の願いは達せられた。その恩寵に深く感謝する、お恵みをありがたく頂戴致しました。『フルンジ・南国スペシャル』仕上がりました」

 ジュガが詠唱するとグラスの振動がとまり、魔導陣が消える。ジュガは小皿にのった小さな果実をグラスに入れる。そして丁寧な手つきでヘルサの前にグラスを置く。

 ヘルサはカクテルを直ぐさまぐいっと呑む。

「美味しい! 酒精は強いけど、甘くてフルーティー! 最後に入れた果物、ぷるぷるした食感が楽しい、これはなんて果物?」

「ミニムという小粒の果物で南国の特産品です、王都でも中々手に入りません。シルタ家のつてを使って入荷しております」

 ジュガはヘルサが満足している様子を見て、若干誇らしげな顔を浮かべる。


 耕助はナム酒の注がれたグラスを手に取る。炭酸がキラキラとした輝きを放つ。食事中もナム酒を呑んでいたが、それよりも等級の高いものらしく、アルコールも強くはないらしい。

 耕助はナム酒を一口嘗める。最初に出たナム酒は爽やかな香りだったが、このナム酒は重めの香り、熟した梅に近い。僅かに黒糖の様なコクがある。

(確かにこれは食後酒向けだな。アルコールは強くないが香り、コクが強い)


「このナム酒って黒糖入っていますか」

 耕助はジュガに尋ねる。

「その通りでございます。ナム自体は果糖が少なく、酒にするには砂糖を加えなければなりません。先ほどおだしした銘柄はシルタ家で作ったもので精製した砂糖を使っております。このナム酒は南国で作られたもので、特産のキビから砂糖を搾って加えております。ナムの実も香りの強い南国のもの、しっかりとした香りと黒糖のコクを楽しんで頂けるかと」

「たしかにこれもイケる。程よく重くて美味しく飲める」

 耕太は杯をすすめる。


「ちょっと、味見させてぇ。私のもあげるからぁ」

 ヘルサがろれつの回らない口で耕太に尋ねる。

「いいよ。そのカクテルも飲んでみたかったし」

 耕太は平常運転で言葉を返す。

(召喚された直後は間接キスで浮かれていた耕太が落ち着いている。これも成長ってやつか)

 耕助は耕太を眺め、満足げに煙草をふかす。

 ヘルサと耕太は互いのグラスを交換し、一口飲む。耕太は旨そうに酒を口で転がし、飲み込んだ。

「トロピカルな味だ。うわぁ、後味までしっかり南国風。マンゴーとなんだろ、たとえが浮かばないや。呑みやすいけどアルコールは結構キツい、ヘルサちゃん、飲み過ぎたらヤバそう」

「このナム酒も流石上物ねぇ、普通のナム酒と違って重みがある。美味しい!」

 ヘルサは目を輝かせる。一口の交換だった筈なのだが、ヘルサはナム酒を飲み干してしまった。


「お代わりをお注ぎしますか」

 ミラが一同に尋ねる。

「いや、タダ酒でこんなに美味しいモノを頂いて悪いなぁ」

「お気になさらず。ここで遠慮なされてはシルタ家の沽券に関わります。お気の済むまでお飲みください」

「ではお、お代わりを頂戴ぃ」

 ヘルサはろれつが回っていない。

(酒宴は長くなりそうだな。流石にタダ酒だからヘルサは遠慮すると思ったが、こうなると彼女は持つのだろうか)

 耕助は不安を胸に腕時計を見る。時計は八時を指そうとしている。

(九時にはお開きだな、明日も早い出発だろうし)

 耕助はそんなことを思いながら煙草をふかす。

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