ゲリラ戦の鉄則
小屋で伊藤とブルがゲリラ戦の計画を練っている。ゲリラ戦の要である戦力の分散と集中、散発的勝利、それにスミナ補給基地の放火による士気、戦闘能力の打破等を伊藤が説明する。
「それで、前線はどうするんだい?王国軍もわんさか居る、騎兵も魔導師も」
「農兵を味方につけないとならない。さっきの夫婦の様に前もってオルグできれば一番いいんだが連絡が漏れる可能性も否定できない。大規模なオルグは期待しない方がいい。だから農兵をオルグするのはスミナに火を放ってからだ。農兵も飢えるだろう、そのタイミングで人民が秘匿したジャガイモを農兵の補給に回して協力を得る。事前にオルグするより容易なはずだ」
ブルは熱の籠もった瞳で伊藤を見つめる。
「農兵をオルグするのは重要だ。農兵が叛乱を起こせば王国は前線から兵隊を回せない、それに魔王軍とも我々は戦わなければならない。だから前線に居る農兵のオルグは重要だ」
伊藤は水を一口含む、十分に潤った後に音を鳴らして飲み込む。
「但し農兵が叛乱を起こすのは十分に王国軍が飢えてからだ、素人でも勝てる位に飢えてから初めて手を出す。それまでは農兵を動かすつもりはないよ、無駄に命を散らすことはない」
「ふむ。計画を聞いているとやっぱり魔導師の協力が必要不可欠だな。転移魔導がなければジャガイモを隠すことも補給することもできない」
「そうだ、魔導師のオルグは最優先事項。これは組織の分散と同じくらい重要だ、幹部でも徹底してくれ」
「わかった。何か対価は用意できるか」
「鉄を分け与えよう、僕と一緒に召喚されたモノだ。鉄なら価値はあるだろう」
「そりゃ鉄なら効果覿面だ。なにせ保有も禁じられているからな、下級魔導師が一生働いても手に入れられない。多分鉄が対価なら魔導師も結構な頭数がそろうはずだ」
ブルは魔導師オルグの可能性を確信したようだ、自信ありげな笑みを浮かべる。
「よろしい、オルグに使う鉄は僕が用意しておく。どれ位そろえておけば良い?」
「そんなに量はいらない、何せ鉄は希少価値が高いんだ。魔導師なら転移魔導で物々交換も出来る、渡した後は連中が好きに使うだろうさ。そうだな…… 魔導師一人に鉄百グラムもあれば御の字だろう」
「それならそろえるのも楽だな。ただ鍛冶がいないから鋳つぶすことができない。鍋とか包丁とかそういう原型を保ったままでも構わないかな」
「鋳つぶすよりも道具として利用価値があった方がいいだろう。大歓迎だ」
「わかった、そろえとくよ」
「それでトーラはどう動くんだい? 今の話だと、俺とは別行動らしいが」
「しばらくは革命と無関係でいるよ、万が一君が死んでしまったら頭領がいなくなる。その時は僕が動く、予備役って訳だ。そうした事態にならない限り君がリーダーとして頑張るんだ。異世界人よりも自分の世界の人間の方が信用できるだろうし、状況を読むのは速いだろう。僕はアノン家の側に控えて情報を君に流す、貴族がどこまで事態を理解しているかとか、どういう風に兵を動かすか情報は欲しいだろう」
「なるほど、それは良い案だ。確かにトーラを最初信頼できないだろう、異世界人に俺達の苦しみの何がわかるってな。それに貴族から情報を得られるなら心強い」
「ただその場合僕専属の魔導師が欲しい。それも我々に理解ある真の協力者たる者が」
「連絡役だな」
「そうだ、連絡を担うから秘匿をきちんと協力関係を構築しないといけない」
「そうだな、幹部で共有しておく。コレばっかりはやってみないとわからないからな」
「信頼性を第一にだ、後は文字の読み書きできればいい。僕はこの世界の文字は読めるけど、書けないから」
「わかった」
ブルは頷く。
「今までの話をまとめると、こういうことか」
ブルは水差しを手に取り、注ぐ。
「まずは魔導師のオルグ、信頼できるヤツをトーラの連絡役に。魔導師は鉄を渡す。そして俺の村から戦闘が始まる、そのタイミングはジャガイモの収穫。魔導師の協力で全土に散らばったジャガイモをどこかに隠す。スミナは焼き払い、補給を断つ」
ブルは言葉を句切る、小汚いゴブレットから水を飲んだ。
「同志は全国から俺の村に集まって領主の兵に局所的な戦闘で勝つ。そして武器を集め、飢えと弱体化した領主に勝つ。同時に前線の農兵にジャガイモを与えてオルグする。農兵を味方に付けることで王国軍を前線に貼り付けに、但しこちらからは積極的に手を出さない。俺の村が解放されたら全国に布告を出し、農奴の協力をこぎ着ける」
「そういうこと」
伊藤は満足げに頷く。
「それからは?」
「同じ事の繰り返しだ。局所的な戦闘に持ちこんで勝利する、大規模な戦闘は敵が弱体化してから。領主の首を落とし、人民を解放、オルグや協力者を獲得する。それを繰り返し全国的な運動にする。決して戦功を焦ってはならない、ゆっくりでも良いから確実に」
「地道に運動、だな」
「そうだ。戦力の分散と集中は徹底してくれ、素人が職業軍人に勝つには数的有利を確保しないといけない」
「幹部に伝えるよ。今夜幹部会を開こうと思う、トーラは出るかい?」
「いいや、これで家に帰るよ。僕がいなければ君がリーダーとして働く機会にもなるし」
伊藤は腰を上げ、尻を叩き土埃を払う。
「わかった。ひと頑張りするよ、任せてくれ」
ブルは真剣な表情で頷く。伊藤はその様子に満足し、笑顔を浮かべる。
「じゃあね。後はよろしく」
伊藤は扉を開く。日は傾きつつあるがそれでも眩しい。伊藤は手で日光を遮り、周りを見渡す。小屋の目の前にある広場では市場が開かれていた。市場に向かって伊藤は歩き出す。ブルは小屋からそれを見送った。
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