出世祝い
王都最後の夕食
耕助、ヘルサ、それに女中達は食堂に詰めている。日が傾きつつあるが、夕食にはちょっと早い。
「そういえばフェリアさんもヴェルディさんもどうやってアノン家まで連れて行こうか。浮遊小屋じゃ狭いし」
「お気遣いいただきありがとうございます。しかし我々は問題ありません、隅にでも立っています」
フェリアが口を開く。
「でも一日中立ちっぱなしって訳にはいかないでしょう、寝る所も必要だし。ジュセリちゃん、バルコニーには二人しか座れないよね」
「ええ、二人が限界です。いかにメイドといえども長旅で立ちっぱなしは現実的ではない」
ジュセリは頷く。
「フヌバと馬車を購入しては? 大臣職についたのです、それくらいの出費は必要経費です。まだこの時間なら市場も開いているし、見に行ってもいいかもしれません」
ヘルサは髪を弄びながら茶をすする。
「必要経費。確かに足は必要か…… でもまぁ車あるし。車を呼び出してしまえばいいんじゃないかな」
「車ですか、最初は浮遊小屋で十分でしたがこの人数になるとやはり手狭ですね。フヌバを買ってもいいと思ったんですけど」
「いや、フヌバを買っても扱いがわからないし、御者も雇わないといけない。ちょっとハードル高いかな。車なら使い慣れてる、なによりタダ。フェリアさん、アノン家に自動車の充電を満タンにしておくよう伝えてください。二人には明日はそれに乗ってもらおうと思う」
「ジドウシャ、畏まりました」
フェリアは筆と紙を取り出し、文を書き付ける。
「しかし、王都からアノン家までは長旅です。運転疲れませんか」
ジュセリが尋ねる。
「私、耕太、倉田さん。三人とも運転できます、交代交代で運転すれば問題ないですよ」
耕助は煙草を取り出し、火をつける。
(ラキストはやっぱりキツいな。吸いごたえもあるのは確かだけど)
「ちょっと散歩しませんか。ここのところ食堂に詰めていたでしょう、ちょっと歩いた方がいいですよ。明日から小屋に籠もることになるのですし」
(確かに、王都に来てから行った場所は王宮ぐらいだ。どんな町だか興味は無きにしも非ず)
「そうだね、フェリアさん、案内を頼めますか」
「承知しました、お食事は外で召し上がりますか?ふさわしい店は何店舗が存じております」
「ふむ、外食ねぇ……」
(食あたりが心配、だがこの世界では一度も当たってない。ある程度は大丈夫だろう。それに大臣にふさわしいとされる店ならきっと大丈夫。高くつくかもしれない、だがフヌバも馬車も買わないんだからその浮いた分と考えればいいか)
耕助は異世界の食事に対し、徐々に信頼感を抱いてきた。召喚されてから当たったこともない。
「いいでしょう、外食にします。耕太と倉田さんは中庭にいるんだよね」
「ええ、鍛錬をなされています」
「なら連れて行こう。二人を呼んでください」
「畏まりました」
ヴェルディが一礼し、退出する。
※
フェリアを案内役に耕助、耕太、倉田、ヘルサ、ジュセリの一行は王都を歩く。ジュセリは護衛役として同行している。
ヘルサの説明した通り町人は王都の外で農業を営んでいるようだ、日が傾き始めると土に汚れた町人達が目立つ。彼らは農地から帰ってきたのだ、皆疲れているように見える。だがアノン家に来た移民団よりはずっとマシな様子、やはり王都に住んでいる人間は恵まれている。
一行は迷路みたいな通りを行く、T字路にさしかかる。先頭のフェリアが振り返った。
「本日のご予算、如何ばかりでしょうか。」
「農業大臣就任のお祝い、アノン家がお支払いします」
ヘルサが耕助に話しかける。
「でも年下におごられるってのもなんだよな……」
耕助は戸惑う。
(こんな小娘に支払わせるってのは男の沽券に関わる)
「いえ、アノン家が無理矢理推薦した大臣職ですし、私は鉄家、鈴石殿は金家。家柄が違います、それに我が家は財産を豊富に持っています、お気になさらず。フェリア、貴方が知っている中で一番良い店を紹介して」
「畏まりました」
ヘルサは耕助の気持ちをくみ取る様子はない。
(確かに家柄ってのがあるか。ま、ここは従ってみるか)
耕助は折れた、フェリアはT字路の右へと進む。
「シルタ家直営の店があります、そこでどうでしょう。確かにもっと値段の高い店はありますが、味で選ぶならそこです」
「ユミナさん、料理屋やってるの? 領主なのに?」
耕太が食いつく。
「ええ、珍しい食材の普及や新しい料理法などを研究し、提供するまでが農に携わる者の使命だとお考えなので。シルタ家でお食事なされた事は御座いますか」
「ええ、かなりボリュームのあるやつを、確かに美味しかった。デザートも美味しかったです、私は甘味にうるさいがあれは逸品ですね」
「デザートにこだわりが、先だって連絡いたします。もしかしたら店にあるかもしれないので」
フェリアは歩きながら筆をとり、紙に文を書き付け転送。
(歩きながら筆で文字を書く、大したものだ)
耕助は感心する。
(これくらい何でもこなせる人が付いてくれると助かるな、ユミナさんには助けられてばっかりだな。いつかお礼をしないと)
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