人民解放軍
伊藤とブルは小屋に籠もる、オルグの進捗、魔導師をオルグするための手段等について話あっていた。
「ところでトーラ、さっき人民解放軍って言っていたよな、なんだそれは」
「ああ。農奴、つまり人民を階級から解放して社会主義を樹立するための軍事組織だ。我々ゲリラは武力をもって革命を達成する、人民解放軍と呼ぶべきだろう」
伊藤は水筒の水を飲む。
「俺達が軍隊か。戦争に行ったこともないから武術も戦術も知らない。トーラ、どうすれば勝てると思う?」
ブルは真剣な表情で伊藤に迫る。
「この世界の軍事技術は僕の世界と比べると魔導以外特に特出した発展はない筈だ。魔導による攻撃は警戒しなければならない、だがそれ以外は単純な話だ。ゲリラ戦の基本は戦力の分散と集中。散発的な戦いで勝利をおさめ、敵を弱体化させる。大規模戦闘は避けて、小さな戦いで確かな勝利を積み重ねる」
伊藤は語る、だが本当に戦闘を行った経験は無い。ゲバラと毛沢東の指南書を読み、夢想したに過ぎない。
「散発的な勝利を繰り返せばいずれ敵軍は疲弊する。その間、ゲリラは人民をオルグし、拡大する。捕虜をオルグしてもいい、軍人が同志になればこれほど心強いことはない。局所的な勝利をおさめ、村を解放する。人民を味方につけて組織を拡大し、更に大きな軍勢を相手に戦う。これの繰り返しだ」
「案外、地味なもんだな」
ブルは少しがっかりしたように呟く。
「地道と言ってくれ。農民を前もって訓練する訳にはいかない、革命が露見するからね。戦術的優位を勝ち取る戦力、これを増強できないなら戦略で勝たなければならない。無論、決起後は同志を軍事的に鍛えることもできる、でもそれは後からの話。先ずは弱兵でどう戦い、勝つかという事に拘る方が正しい選択だ」
「ふむ。弱兵で勝つねぇ。具体的に案はあるかい」
「僕の計画をざっと話すか、君達の意見も聞きたいし」
「戦の素人だが意見は出そう」
ブルは頷く。
「まずジャガイモの収穫が終わるころ、これが決起のタイミングだ。ジャガイモは農奴の腹を満たし、戦闘可能な状態にする。それにジャガイモを王国軍、領主に簒奪されては敵わない。ジャガイモを収穫したらスミナの保管庫を焼き払う、王国の大保管庫、領主が持っている小さな倉まで。道具は僕が用意する、どんな道具かは秘密」
「焼き払う…… 勿体ないな、奪うって道はないのかい」
「アノン家の人間から倉の守りは厚いと聞いた、王国の食料庫には近衛の強い連中が警護していると。素人集団が戦って勝てる相手だとは思えない。焼き払うのが確実だ」
「ふむ、そうか。続けてくれ」
「倉を焼かれた軍隊は補給を失う、今でさえ飢えているのに追い打ちをかける訳だ。軍は当然ジャガイモを必要とするだろう、だがその前にジャガイモは人民が掌握する。転移魔導や人民の協力で秘匿するんだ。ここが要だと言っても良い」
伊藤は水を口に含む。
「飢えた軍は士気も戦力も下がる、一方のゲリラはジャガイモの補給で臨戦態勢。先ずはどこかの領地に戦力を集中させる、地道な戦いから始めよう。斥候、巡察との戦いに勝利し、鎧や武器を手に入れる。敵が十分に弱ったところで領主の館を攻め、領主の首を討つ。領地を解放し、勢いをつける」
「勝利をシンボルとして使う訳だな」
「そうだ。我々はここで初めて布告を出し、農奴の協力と決起を促す」
「もっと早い時期でもいいんじゃないか。決起と同時に知らせてもいいと思うが」
「いや、布告を出すということは王国、領主にも知られるということだ。早々に知られては対策されてしまう、戦闘は我々が望む形で進めるには知られていないことが重要。最初は王国も、貴族も戸惑うだろう、ただの一揆ではない、何だこれは、と」
「ふむ」
「革命の布告を出し、仲間と理解を得る。そして解放軍は新たな領地で戦闘をはじめる、地道にね。このころには貴族の兵は機能しない状態に追い込む、食糧不足でだ。領地をおとし、勢いづいた解放軍と飢えて士気の低い軍勢が戦えばどっちが有利かわかるだろう」
「それに領地に残っている兵隊は老兵か弱兵だ、皆前線に出払ってる。優勢は確実だな」
「そうだ。領主は若い男を兵隊にして前線に出せば一揆の危険は低いと踏んだのだろう、実際アノン家に居る兵隊は皆老いている。ブル、君の村の兵隊は?」
「ご多分に漏れず老人ばっかりだよ」
「よろしい」
(そうだ、ブルの居る領地から戦闘を始めるのが良いかもしれない。最初の戦闘が肝心だ、優秀な人間をそろえて事に当たれれば勝機は高まる)
「君の領地はどんな状況だい?」
「四方を金家で固めた青銅家、いわば金家のお目付役だ。周りの金家の農奴は徴発で飢えている、協力者は獲得しやすいだろう」
「なら君の村から戦いを始めよう、青銅家を倒したとあれば金家に支配された人民も希望を抱くに違いない。それに優秀な君になら大切な初陣の指揮を任せられる」
「買いかぶるなよ」
ブルは苦笑する、だが伊藤はいたって真面目だ。
「君は思想の理解も深いし、頭も回る。十分な資質がある。僕は君を信頼している」
伊藤はブルの肩に手を乗せた。
「そこまで言うなら任せられた。精一杯やらせてもらう」
ブルは神妙な面持ちで頷く。
「よし、その意気だ」
伊藤は満足げに笑顔を浮かべる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます