【解説】パロヌ塩湖会戦後編

 王国軍は左翼の軽装歩兵と魔導師、弓兵の諸兵科連合により猛攻。左翼軍を主力に見せかけ、正面と右翼の魔王軍の一部を左翼防衛に転じさせた。

 しかし、それこそが王国軍の狙いであった。左翼防衛のため兵力を割かれた右翼においてゴブリン軍は騎兵の突出を許した。加速魔導により騎士は確実にゴブリンを仕留めるための時間的猶予を与えられる。加速した状態であればゆっくりと槍の狙いを定める時間もある、小兵のゴブリン相手でも余裕があった。それと同時に進撃速度も向上した。

 騎兵は次々と防塁を突破する。重装歩兵は騎兵の猛攻と同時に進撃を開始、突破された防塁を攻める。騎兵により打撃を受けた防塁においてゴブリンは守備隊を再編する余裕は無く、また、棍棒による打撃は重装歩兵には通じない。数多の防塁に王国の旗がはためく。


 加速された騎兵は右翼から左翼へと向かうゴブリン軍団と接敵する、しかしダスクこれを無視。すでに左翼には十分な数の王国軍が攻撃を行っている。それに数的有利の要である農兵は練度不足。ダスクら騎兵はゴブリン中央軍を側面と後方から叩くことで、練度不足の農兵による積極攻撃の機会を生み出そうと判断した。


 騎兵は機動力を活かす上で戦の潮目を見極めて行動する必要性が高い。従ってダスクは参謀本部の命令を待たず、自ら作戦を立案する権限を有していた。ダスクはゴブリン中央軍側面、後方、そして更に後方の退路を塞ぐよう騎兵部隊を三つに再編する。ダスクは魔王軍の戦略的撤退を許さず、この戦闘で全軍の包囲殲滅を決心していたのだ。


 ダスクは後方と側面に分散された騎兵を率い、ゴブリン中央軍へ猛攻を仕掛ける。すでに右翼突破を知っていたスワリスコであるが、その想定以上の速度でダスクは兵を進めた。

 スワリスコは翼竜による騎兵への機動防衛も試みた。だが騎兵が加速魔導にて速度をあげていた事に加え、ダスクは翼竜対策にフヌバに何本もの槍を空に突き出すように装具させていた為、翼竜の攻撃は有効ではなかった。

 右翼突破を知っていた魔王軍正面軍の防衛は右翼よりも堅かった、防塁も側面攻撃に対する様に左右に折れ、三方向からの攻撃に備えていた。しかしそれは加速された騎兵にとって僅かな差でしかなかった。騎兵の攻撃により中央軍は分断され、ゴブリンに動揺が生じた。


 ダスクは参謀本部に王国軍正面の農兵出撃を具申する。ゴブリン中央軍は混乱している、練度の低い農兵でも勝ち目は十分にあると考えた。参謀本部はこれを受諾、農兵の隊伍を前進させる。ダスク、参謀本部としては攻勢の足しになればいいと言う程度の判断であった。


 しかし農兵は意外な活躍を示す。鎧の準備が整っていない状況であり、農兵は重量物を携行せず機動力が存外高かった。それに加え武器として携える農具の熊手は長槍と異なり複数の点攻撃できた。農兵は指揮統制上の目的から通常の歩兵よりも密集した隊伍を組んだ。小兵のゴブリンといえど、熊手と密集した隊伍から繰り出される攻撃を避けることは出来ない。混乱に陥ったゴブリン中央軍は農兵により殲滅され始めた。


 スワリスコには撤退以外の選択肢は無かった。騎兵が突破口を開いた右翼は重装歩兵の隊伍により壊滅。中央軍は騎兵の側面と後方からの攻撃、さらに想定以上の戦果を上げる農兵により三面包囲されている。左翼へ援護に向かわせた軍勢も騎兵の機動力には対応できない。一方、左翼は依然国王軍諸兵科連合の猛攻を受けている。中央軍へ援軍は期待できない、さすれば全滅は必至。中央軍を失えば騎兵は左翼への攻撃に転じるだろう。そうなれば全軍喪失という最悪の事態になる。スワリスコは戦力を温存する為、パロヌ塩湖を放棄し戦略的撤退を決心する。


 パロヌ塩湖を捨てるという一大決心もあり、ゴブリン軍撤退は直ぐさま始まった。後方へひたすらに走る。中央軍は退路を騎兵に塞がれている、全軍退却を看破したダスクは側面攻撃を行っていた部隊を退路遮断に回す。ゴブリン中央軍は農兵の前進と騎兵による退路遮断によって進むも退くも困難、殲滅を待つのみとなる。

 一方、右翼、左翼のゴブリン軍の撤退は当初順調に思われた。右翼の相手は重装歩兵であり機動力は低い、従って戦域の離脱は容易。左翼は王国軍諸兵科連合の攻撃を受けているものの防塁がまだ機能している。いくつかの陣地を時間稼ぎのため犠牲にすれば多数のゴブリンは撤退できる。幸い、ゴブリンは群れの長に忠実である。群れの長の撤退を条件に死守命令を下させれば防衛機能は維持できた。

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