【解説】魔王軍の撤退と飢餓

 スワリスコが当初率いていた四十万のゴブリンは三十万にまで減っていた、中央軍には十万が展開している。撤退不可能な彼らを除けば二十万の軍勢が手元に残る。スワリスコは二十万の軍勢を山地の領地へと撤退させれば再起は可能と考えた。農兵は刈り入れどきには撤退せざるを得ないだろうし、山岳は防衛に向いている。それにスワリスコの魔導力は二十万の軍勢を賄う以上の食糧を召喚できる、戦力を増やすことも可能だ。山岳に立てこもり、国王軍をゲリラ攻撃で漸減邀撃すればいずれ戦力差は逆転する。右翼、左翼軍の撤退が要になる。

 左、右派軍の撤退は潰走に近い、ゴブリンは棍棒も捨ててひた走る。ゴブリン中央軍は全滅した、が、騎兵の加速魔導は限界を迎えた。加速魔導は被術者の疲弊も加速する、ダスク旗下の中央軍包囲部隊に追撃の余力はなかった。魔王軍は追撃の恐れなくパロヌ塩湖を縦断し、岸へとたどり着く。ようやく安息の時が来た、そう思われた。


 だがダスクはこの撤退を想定していた。山へと繋がる隘路に騎兵を配備していたのだ。加速魔導を温存していた騎兵に進軍の疲労がたまったゴブリンは敵わなかった。魔王の領地へ繋がる唯一の道である道に騎士は陣取る。山を登る体力も無くなったゴブリンは唯一の道がある隘路へ向かわざるを得なかった。同時に中央軍を殲滅した王国軍騎兵の休息も終わった。召喚獣の肉を食らった魔導師が体力を回復、再び加速魔導を施術した。休息も加速された騎兵は士気を高め、パロヌ塩湖を縦走、ゴブリンの背後を突く。同じく体力を回復した斬撃魔導師が密集したゴブリン軍を切り裂く。


 十万のゴブリンがなんとか山を登り、逃げ込んだ。これをもってパロヌ塩湖の戦闘は終結する。人類の大勝である、後は山を攻略するのみに思われた。農兵の有効性に気が付き、そして山攻めには多数の兵が必要と勘案した参謀本部は農兵にパロヌ塩湖を渡せる。スミナの収穫までは余裕があったし、刈り取りならば時間はかかるだろうが本土に残された農奴でも十分だと思われた。


 だが、冷害が国中を襲った。季節外れの霜が降りた、スミナは全滅だった。だが、王国軍は撤退しなかった、今更農兵を撤退させたところで収穫が増えるわけではない、むしろ魔王軍討伐を優先した。


 しかし、早期決戦をいそぐ王国軍には難攻不落の山岳が待ち構えていた。洞窟が点在し、攻撃魔導による打撃は通じない上、重装歩兵の進撃を知れば別の洞窟へ移動する。加速魔導を使った移動を試みても鎧は重く、疲労が蓄積し進軍は止まる。その隙をゴブリン軍は見逃さず、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。しかし軽装歩兵で攻撃を試みると大量の石つぶてによって大打撃を被った。この攻撃で多くの剣士たちは斃れ、王国軍は有力な戦力を失った。専業軍人による有効打を与えられない状況、かつ冷害に襲われた農兵の士気は低く、戦闘投入は見送られた。


 この時農兵を帰農させる案も出た。だが、参謀本部は冬を越えてから帰農しても遅くはない、予備軍として温存する方針をとった。

 だが、参謀本部は冷害の実情を軽視していた。元々、転移魔導で補給は賄われ、兵站の軽視は現実世界のそれを上回った。食糧はやや減るだろうが、継戦続行は可能な程度の被害だと思い込んでいた。だが、スミナの収穫量はその想定を大きく下回るものであった。

 王国軍は山攻めを幾度となく繰り返した。時には大軍を繰り出しで山を攻め落とすこともできた。しかし、ゴブリンはより後方の山へと陣地を移した。結局、山が連なるこの地形で攻撃は困難なのである。


 そうした戦いを繰り返す中、後方方からの補給が目減りしていることにようやく参謀本部は気が付いた。これ以上は兵糧の消費が多すぎると判断し、帰農を決心した。だがすでに飢餓の影響が出始めていた、帰農された部隊は通り過ぎる村々で数少ない食糧と種籾を略奪した。農兵は冷害に機敏だった、来年の植え付けのために種籾を集めることに熱心であった。これを鎮圧する為に王国近衛騎兵を投入する。略奪により損なわれた民心を集めるため、王国直属軍を投入したのだ。このトラウマが帰農という選択肢を奪った。


 後方、すなわちヘルゴラント王国はこの冷害が国家の存立を揺るがす事態だと理解し、王国大勅令第二号――すなわち農協召喚を決心する。魔王軍が進撃を開始した直後にアノン家当主、すなわちイムザ、ヘルサの父が異世界召喚で兵器らしきものを召喚した。だが、当主はそれに触れるなと言葉を残し、憤死した経緯があった。王国勅令までにアノン家は新たな作物、農業を研究し、ジャガイモの召喚を決定する。しかし、異世界召喚は植え付けの春を待つこととなる。この間、前線は一進一退の戦闘が繰り広げられていた。山をとり、とられ。冬が到来し、本格的に戦線が膠着しはじめると、山岳における戦線の維持が困難となった。参謀本部は山からの撤退を決心し、春を待つ身となった。そして耕助らが召喚される。そこからこの物語は始まりを告げたのです。


 解説回、如何でしたでしょうか。不勉強な面も多いと思いますが、今後も農業、軍事、政治について学び、本作を充実させて行きたいと思います。今後も解説回を挟むでしょう、本作を楽しむ上で一助となれば幸いです。

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