代筆
ユミナとクリムは貴重な煙草を味わっている。煙草は貴重品だ。
領主によるジャガイモ見学会の話は農業移民団の話で断絶した。クリムも先に手のかからない移民団の話から進めようと判断した。
「では五〇名程度、十分な食糧を持たせ、腕の良い農奴を早急に送るよう命令を下達します」
「うむ」
クリムはフィルターギリギリまで吸い込んだ煙草をもみ消し、ティーセットを乗せたカートを押してクリムは書記の机へと戻る。
貴族に送るものより数段品質の低い紙に命令文を書き付け、転送する。クリムは魔導が多少使える、といっても転送魔導が主だ。流派としては医療魔導に属する、が使う機会は殆どない。魔導文の転送が主な仕事だ。
「それで、見学会ですがいかがしましょうか。宿の準備など、異界の大臣閣下では気が配れないと思いますが手を回しますか」
「そうだな、アノン家に一任してもいいがあの兄妹では荷が重いだろう。アノン家に全ての領主が収容できるとも思えん、野営の準備もするよう根回ししろ」
「野営、ですか」
クリムが怪訝そうに尋ねる。
「誰かをひいきする訳にもいかんだろう、平等に野営がいいんじゃないのか」
「さしでがましいようですが、金家にも格式というものがあります。多少のひいきは序列に従って必要かと」
「そうか、なら任せた。お前が必要だと判断した順にアノン家に一任、残りは野営だ」
「畏まりました」
クリムは書をしたためる。紙を上質なものに取り替える、紙はシルタ家領で生産されているものだ。紙は魔導文に不可欠な道具、大量生産も行われている。だが良質なものとなると数が限られる、シルタ家では製紙産業をいち早く始め貴族同士のやりとりに一枚かんでいる。
クリムは文を書き付ける。導入分は美辞麗句を並べ、昨今の饑饉を気遣う内容から始まる。遠回りな文章、無論これは命令文ではない、根回しは貴族の社交の一環である。クリムは無礼にならぬよう細心の注意を払う、金家となると格下だ多少の上から目線は必要だ。だがそれが過ぎると不満を買う。
クリムは筆を止める、ここから先は肝心の農業政策に関わる。内容を吟味しなければならない。
「近くアノン家領にて大勅令第二号に基づきジャガイモ栽培の見学会が執り行われます。是非ご参加頂きたくこの書状をしたためております……。残念ながらアノン家の収容人数を超えるため、野営の準備をお願いいたします。ジャガイモは国王陛下も召し上がられ、その味にご満足いただきました。また作付けも容易であり……」
クリムは文を諳んじる。悩みどころだ、どう伝えればジャガイモ見学会に興味を抱かせられるか、自由農民の定着という最終目標を達成できるか。
「収穫高はアノン家だけでも……。ユミナ様、ジャガイモはどれほどの収穫高なのですか」
「種の九倍らしいぞ、それでも全力ではないらしい。どうも肥料が必要と言うことだ」
「九倍、スミナの方が取れ高は高いのでは?」
「いや痩せた土地でも育つ上、一個一個が大きい、腹にもたまるし旨い」
ユミナは二本目のラッキーストライクへ手を伸ばす。
「なるほど。では、えー、通常の畑においても植え付けが可能であり、その取れ高は種の九倍となります。ジャガイモは腹持ちが良く、目下最大の懸念である飢餓にも有効な作物であります。我がシルタ家においてもその生産力を注視しており、農奴の派遣を…… いや、農奴の話は不要か、すでに金家は移民団を送っていると」
クリムは茶をすする、肩を回しストレッチする。
「……注視ししており、今後我が領地でもジャガイモの物納による税制改革を予定しております。税制改革によりスミナ荘園による賦役を超える収入が見込まれ、貴家における税制改革もご検討頂きたく存じます」
クリムは自由農民という表記を避ける、貴族にとっては農奴を直接支配する方が聞こえが良い。それに階級制度の改革は農業とあまり関係が無さそうであり、この農業を取り扱う文章において唐突な内容である。
「自由農民についてはもう少し踏み込んでいいのでないか」
「いえ、内容が唐突すぎるかと。階級制度の改革と農業は結びつかないと思いまして」
「ふむ、考えがあるならよい」
「見学会は近日中に開かれる予定であり、新任の農業大臣閣下が主催します。閣下は異界の人間であり多少の無礼はあるかもしれません、その際は異界の者であることを念頭に寛大なお心でお許しいただきますようよろしくお願い致します」
「そんな所でいいだろう、正式な御触れは後日出す。細かい話はそっちでいいだろう、この
文の目的はあくまで知らしめるだけでいいのだ」
「畏まりました」
クリムは猛然と文を書き始める。これを何十通と送るのだ、クリムは腹をくくる。
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