政治というもの
ユミナ、そしてシルタ家筆頭執事のクリムが執務室に籠もる。アノン家で取り決めたことを領主達に知らしめなければならない。先ずはアノン家で開かれるジャガイモ見学会の根回しだ。
自由農民の定着、それには貴族から同意を取り付けなければならない。スミナ荘園の賦役からジャガイモの物納へと税制を切り替える、事は複雑である。これを成し遂げるにはジャガイモの作付け効率が高いことを示さなければならない、本番が一番大事なのはもちろん、だがその前にどうこのことを伝えるかも重要になってくる。鈴石の出来ない政治というやつだ。
「特に優遇すべき金家はございますか」
「いや、ないな。今回は平等でいこう、変に気を回すと後から鈴石が苦労することになる」
「鈴石様にお気をつかわれるのですね。おい、茶をご用意しろ、カップは二つだ」
クリムはメイドに命ずる、自分が飲む茶も確保する。クリムはこの部屋に籠もることを計算に入れている。
「もちろんだ、彼は異界の人間、こちらのことを知らん。それに農業大臣の職をお仕着せただ、こちらの流儀というのはこっちの人間が仕込んでやらねばならない」
「優遇すべき金家は無し……、根回しというのはどの程度でございますか。日時は」
「段取りはまだ決まっていない、だが早い時期になるということは知らせるべきだろう。どの程度の根回しか……、ふむ。開催が決定したこと、それにジャガイモも作付けは効率が良くアノン家でもかなりの収穫高を誇っていること、あとは……」
ユミナは耕助から受け取ったラッキーストライクを咥える、だが火が無い。鈴石は小さな道具を使って火をつけていた。
(アレはどういう原理なんだ、今度ひとつもらえないか尋ねてみよう)
「メイドに炭をもってさせろ、煙草に火をつけたい」
「承知しました。煙草の火もご用意しろ」
クリムは扉越しに命令する。
「時期と、ジャガイモと、後はそうだなベルモール殿下が近々巡幸なさることもふれておくべきだな。鈴石は農奴向けのアピールだと言っていた、だが殿下の巡幸は貴族にも効果があるだろう。なにせ農奴と同じ物を殿下が召し上がるんだ」
「ジャガイモは下々の食べ物ではない、ということでしょうか」
「そうだ、あれは結構な代物だ。ワシの領地の作物と比べても格段にうまい。そうだ、我が領地の農奴をアノン家の移民団に出せ。腕の立つヤツをだ、口減らしじゃないぞ、きちんと農業を学んで帰ってこれそうなヤツだ」
「畏まりました」
ク
リムは紙を上等なものから雑な作りのものに変え、一気に筆を進める。社交と違い領民への命令は気をつかわない。簡単な作業からこなす、クリムの処世術である。
「何名程度出しますか」
「そうだな…… 作付けは簡単だと言っていたが一応五〇でも出しておけばいいんじゃないか」
ユミナは髭を撫でる。
「畏まりました」
執務室の扉がノックされる。
「失礼します、お茶と火の準備が整いました」
「入れ」
ユミナが命じると扉が開きカートを押したメイドが入室。炭の入った鉢と灰皿を机に乗せ、茶の準備に取りかかった。ユミナはラッキーストライクを炭に押し当て火をつけ一服する。
「異界の煙草だが、旨いんだこれが。クリム、お前も一本どうだ」
「では頂きます」
クリムは書記の机を立ち、ユミナのもとへと寄る。ユミナは煙草を一本さしだし、クリムが恭し頭を垂れ受け取る。冷害で産業が破壊され、煙草は贅沢品だ。
クリムは勧められた物をむげに断るのは無礼だと判断した。
メイドは執務机にカップを置き、丁寧な手つきで茶を注ぐ。
「では失礼して」
クリムは煙草に火をつけ、紫煙を口の中で転がす。
「煙は肺に入れるそうだ、パイプや葉巻とは違うな」
クリムは無言で頷き、煙を吸い込む。暫しの後、吐き出す。
「これは、中々ではありませんか」
「うむ、香料が効いてない分、煙草の味がダイレクトに味わえる」
ユミナはどこか満足げだ。
クリムは貴重な一本を味わう、煙草は執事の身分ではお目見えできない。灰を灰皿におとす。メイドは茶を注ぎ終わると一礼し、部屋を辞する。クリムは茶を一口すすり、煙を吸い込む。
「農業移民団は今すぐ編成しますか」
クリムは煙草を灰皿に置き、尋ねる。
「ああ、次の作付けは移民団を待って開始されるということだ、早いほうがいい」
「では今日中に準備するよう命じます」
「うむ、何せ急な話だ、スミナの植え付けの準備をしているころだろう、飯の心配が無いよう言い聞かせておけ」
「は、畏まりました、携行食を多めに持たせます」
「うむ」
ユミナは煙草の煙をくゆらせ、頷く。
ユミナは農奴に気を配る、金家は最低限のスミナしか準備しなかった。道中でスミナの粥を転送する形式で飯の機会を奪うことで強制力を働かせ、移民団を成り立たせていた。食事を持たせ、移民団を送る事はユミナの領民への信頼を示している。
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