出征兵士
倉田ら一行は兵士、ブズンの案内で昼飯、昼酒の真っ最中である。
「うまい酒ですね」
耕太が半分ほどジョッキを空けている、ペースが速い。
「そんなにがぶがぶ飲まない方がいい。見知らぬ土地で酔っ払って迷子になっては敵わないだろう」
「それもそうですけど、喉渇いちゃって。蒸留水はないし」
「確かにな、水筒を用意しないといけない。帰ったら転送なりで用意してもらおう」
「さて、フヌバの肉の煮付けです」
店主が深皿を振る舞う、紅く染まった肉がのっている。倉田はナイフ、フォークを受け取り一口食べる。
鶏肉のような味、ブロイラーのような臭みはない。色はベリーか、甘みがある。まぁまぁの味だ、庶民価格で食べられるなら問題はないだろう。
「悪くないな」
「これで悪くないですか、よほどご立派なものを普段食べてるんですね」
「いや、私の世界では食材が豊富にあるからな。饑饉の世界の食べ物では単調なんだ」
「異界での食糧事情はわかりません。ここは近衛行きつけの店なので、この世ではかなりうまい部類なんですが。そっか、異世界ですものね。別の店でも良かったかな」
「いや、酒はたしかにうまい。十分だよ」
「よし!近衛連隊歌!斉唱!」
近衛小隊長が叫ぶ、テーブル席の客が一斉に起立する。
「「我らが王をお守りしー命投げ出す我ら近衛ぇー。強者集いし王国の守護者。近衛連隊ここにあり。最後の砦に集いて時を待つー、撤退しらずの男達ぃ~」」
ブズンも歌の輪に加わる。正直いってやかましい、だが出征祝いとなると余計な口出しはできない。なにせ命を賭けているのだ。
小隊長の甥っ子は幼げな顔を赤らめている。かなり酔っているのだろう、前線で酒が飲めるのかはわからない。最後の酒になるやもしれないのだ。
「さて、異界の騎士団様も一曲! 」
ミジュレが叫ぶ。
「いや、我々に隊歌はないんだ。悪いが……」
「まま、そういわず」
ここは一曲歌わねば済まなそうだ。倉田はあきらめる。
「では、耕太君、君が代だ。起立! 気を付け!」
耕太は素早く立ち上がる。
「国家斉唱! 」
「「君が代は、千代に八千代に、さざれ石の巌となりて、コケのむすまで」」
二人は歌う、倉田は若干大声を出す、その方が『元SIT』らしいと判断したからだ。
「変わった旋律だな、それに短くはないか」
近衛小隊長が変なものを見る目つきで眺める。
「雅というヤツです。軍歌と違って士気を高めるものではありませんから」
「雅か、なるほど、それならば納得がいく」
倉田は最後の一口を食べる。皆はすでに食べ終わっている、ジョッキも空だ。もう一杯ひっかけてもいいがまだ昼間だ、それに出征祝いの一団もうるさい。
倉田は店を後にすることにした。
「お勘定、農業大臣にツケは効くか」
「ええ。お一人三ギニーつけときます」
「私の分は今払おう」
ジュセリは小銭入れを取り出す。
「いや、今日はこちらのツケでいい。一応案内役だしな、連れ出したこちらが持とう」
「だが……」
「気にしないでいいよ、どーせオヤジはそんなに金使わないから」
耕太はジュセリの小銭入れをポケットに押し込む。
「そこまで言うならごちそうになろう」
ジュセリは諦めたようだ。
一行は外に出る。店内は暗かった、太陽が眩しい。
「耕太君、そろそろ戻るか。それとも何か見ておきたいものでもあるか」
「いいえ、特には」
「じゃあブズン、アノン家別邸まで案内を頼む。これは今日の案内代だ」
倉田は未開封のアメリカンスピリッツを手渡す。
「これは? 」
「我々の世界の煙草だ。こちらの世界では冷害でやられたと聞いた」
「それはどうも。いや、値上がりしてもう庶民には手の届かぬ代物ですから、ありがとうございます」
一行は複雑に入り組んだ道を行く。十分ほど歩いたがすでに方向感覚を失いかけている。その道の人である倉田ですらこうなのだ、耕太はもっと酷いことになっているだろう。
「それで、何日くらい王都にご滞在予定で」
ブズンが尋ねる。
「まだわからん。農政次第だ、長くかかるかもしれないし、あっさり終われば早めにアノン領地に戻るやもしれない」
「なるほど。近衛で異界の騎士殿の事は共有しておきます、案内なら近衛におまかせを」
ブズンは胸を張る。
「よろしく。なにせ右も左も分からないからな。助かる」
「さて、そろそろ着きます」
見覚えのある通りへ出る。
「ここらへんは領主様の別宅が集まっているところでして。買い物するなら他がいいですよ、ここは物価が特に高い。まぁ何でもそろっているって意味じゃ一番充実してはいるんですけど」
「なるほど。情報ありがとう」
「まぁぼったくりはないですがね。地方から来た貴族様にふっかける店も時々あるのでご注意を。近衛に聞けば間違い無い店を紹介できますよ」
一行はアノン家別宅に到着する。
「ではここで」
ブズンは敬礼する、倉田は答礼。
「ありがとう、助かった」
「いえいえ。では」
ブズンは立ち去る。
「ちょっと剣は欲しかったかな」
耕太が呟く。
「剣は鍛錬が大変だ、その分の労力を銃に使ったほうがいい」
「それはそうなんですけど、やっぱ異世界は剣と魔法がロマンってやつなんですよ。まぁロマンはロマン、現実は違うけど」
「さて中に入ろう。茶でも飲もう、水分が欲しい」
ジュセリが邸宅の扉を開く、一行は中へと踏み込んだ。
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