酒場にて

「お買い上げ、まことにありがとうございました」

 武具屋の店主に見送られ、一行は店を後にする。

「なかなか悪くない買い物だった、最初はぼったくられると思ったが、あの品質、仕立てで五千ギニーは安い」

 ジュセリが説く。

「新任の大臣閣下とあらば今後長くお付き合いしたい、そういう面があるのでしょう。おじさんも良くあの値段で売ったものだ」

 案内役の兵士も驚いているようだ、が倉田にはこの世の金銭感覚はわからない。慣れて置かなければいけないだろう、袖の下、協力員の報酬、金は公安警官には重要な道具だ。


「さて、お次はなににしますか。そろそろ小腹が減ってきたでしょう、それとも娼館でも。王都ですからね、いい女が一杯いますよ」

「女はいい。酒が飲みいたいがまだ昼だからな」

「酒ですか。冷害で蒸留酒のスミナがやられて蜂蜜酒ばっかり、酔えませんよ。いや、コッパの親父の店ならあるかな」

 兵士は逡巡する。


「酔わなくてもいいんだ。うまければいい、蜂蜜酒でもかまわんよ」

「そうですか、なら良い店がありますよ。使ってる蜂蜜が違うんです、シルタ領から取り寄せた逸品です、飯もうまい」

「そこにしよう、案内を頼む」

「了解致しました」


 一行は曲がりくねった道を行く。

「なんか、今どこにいるか全然わからない」

 耕太が呟く。

「ここは迷路みたいになっているんです、一番外側の門に近いでしょう。ここで敵兵を足止め、分散させるんです。地図も作ってません、兵士や町人は体で覚えるんです」

 若い兵士は説明する。

「そんな事説明していいのが、軍事機密では」

「いや、説明した方が予防にもなるってヤツです」

「なるほど、一理ある」


 一行はうらぶれた路地へと案内される、王都といえばどこも栄えているという訳では無いらしい。だがスラムとも違う、独特の雰囲気を醸し出していた。

「着きました、ビスクの店です」

 店構えはしみったれている、はっきり言えば貧乏くさい。

「見てくれは悪いが味は保証しますよ。さ、中へ」

 兵士に促された一行は中へと入る。古びた店だ、昼までも暗い店内をランプが照らす。素朴な作りの椅子にカウンター、客は数名いる、酔っ払っているようだ。


「おやっさん、騎士殿のご一行です。異界の方だとか、うまいモノをお願いします」

 店主がゴブレットを磨く手を休める。

「異界の騎士だぁ。お前珍しい客つれてくるな。騎士殿お座りください」

 店主と兵士は顔見知りのようだ、だが一兵卒の俸給に見合う店となると安い部類に入るのだろう。それでこだわりの蜂蜜酒が出る、良い店なのかもしれない。倉田は期待を胸に抱く。


「蜂蜜酒、人数分。あ、僕の分はいいです、まだ勤務中なので。それと今日のお勧めは」

「フヌバの肉が入った、足が折れて使い物にならなくなったヤツ。それでいいかな」

「じゃあそれで」

 若い兵士は勝手にオーダーする。


「聞きたいんだが、この世界の金銭感覚ってやつがわからなくてな。君、名前は」

 倉田は兵士に尋ねる。

「ブズンです、近衛の下っ端です」

「ブズン、君の俸給は」

「十万ギニーです、年間ね。近衛は王都の物価に合わせて高めの俸給なんですよ」

「なるほど、さっきの武具店でまともに払ったら幾ら位になる」

「一万五千はくだらないですね。さっきも申し上げたとおり新しいお得意様ってことで値下げしたんでしょう」

「大安売りだな、それに結構値が張る。君の俸給だったら払えないか」

「いえ、近衛は装備が貸与されるので買うことはありません」


「あい、蜂蜜酒四人前」

 店主が琥珀色の酒が注がれたジョッキを持ってくる。

「おい、オヤジ、酒だ、酒を持ってこい」

 酔客が大声を張り上げる。

「少々お待ちを。いやね、これから出兵だってから酒と食い物しこたま頼むお客さんでね、うるさいだろうが我慢してくだせぇ」


「お、ブズンじゃねぇか。昼間から酒か、懲罰もんだぞ。変わった服のヤツを連れているな」

 酔客が大声で話しかける。

「小隊長! 貴方こそなにしてるんですか」

「甥っ子が前線に行くんだよ、出征祝いだ。非番だよ、で、その怪しい奴らはなんだ」

「不敬ですよ、アノン家の侍従様と農業大臣閣下の護衛騎士の方々です」

「お、それは失敬。近衛のミジュレと申します」

 ミジュレは酔っ払っていたのが嘘かのようにキレのある敬礼、倉田、耕太は返礼する。


 兵士は多すぎると聞いている、倉田はこの期に及んでの出兵に疑念を抱く。

「前線は兵が飽和していると聞いたが、今更出兵とは」

 ちびりと蜂蜜酒を飲む、悪くない味だ。アノン家で飲んだものよりさらりとしている、くどさはない。

「いえ、交代要員です。近衛は魔王との戦争の初期から出兵してますからね、ローテーションです」

「そうなんですか。なるほど、本職にはおきになさらず続けてください」

「ありがとうございます、オヤジ酒はまだか」

「ただいま」

 店主はジョッキを五、六個をテーブル席へと運ぶ。倉田は一口酒を飲む、一杯くらいなら問題ないだろう。

 倉田は渡辺巡査部長とは違う、公安警官は酒の席でも理性を保つ訓練を行っている。酔わない自信がある、アメリカンスピリッツを取りだし火をつけ、一服吸い込んだ。

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