蟲動
偽装
センターの中は農奴であふれていた。皆、神妙な面持ちで伊藤の弁に聞き入っている。この施設はアノン家の兵士に作らせた。移民村で標準的な小屋の三倍はありそうな大きめの小屋である。粗末だが漆喰が塗られ、恒常的に運営できる設備になっていた。
藤井はビールケースを椅子代わりに伊藤を眺める。
藤井は自発的にこの集まりに参加した。有機農法のやり方を学び、伊藤の説明が自説と違わないか確認するのだ。農奴の教育という側面から見れば、違う道理を教えられては混乱する。そういうのを避けたいという考えがあった。
「と言うわけでジャガイモは枯れ始めが収穫の時期、今日の講習はこれまでとしよう。明日は畝だての復習を兼ねて実際に荘園を耕そう。ではみなさんおやすみなさい」
農奴たちは立ち上がり、外へとでる。
「伊藤さん、あんたの説明と俺の説明で大きな差はねぇな」
藤井が伊藤に声をかける。
「有機農業といっても基本は同じジャガイモだからね。栽培の過程にそこまでの差は無いと思うよ。それよりも問題は農地消毒と化学肥料の使用、農薬の問題だね」
「そうだな、農薬の類いはとっておくって方針だし、あんたのやり方で問題はなさそうだ。で、これからどうするよ、一杯やらんかい。あんた、好きだったろう」
藤井は手で杯をクィとやるジェスチャーをする。確かに伊藤は酒が好きだ、強い方でも
ある。
「それもいいけど、熱心な生徒さんがいる」
センターの中には五人ほどの男達が残っていた。
「彼らの質問に答えようと思う、時間はかかるだろうしお先にあがってくださいな」
「そうか、あんたも熱心だな。おやすみ」
藤井は伊藤の方をパンパンと叩き、退出する。
農業指導センターは伊藤が発案した、農民とS町一行の距離を縮め、より効率的にジャガイモの普及を行うため。
無論それはお題目に過ぎない、本当の狙いはゲリラの育成施設。ここで思想と闘争の方法を広めるのだ。
この小屋の周りにはガラス質の砂利が撒かれている。誰かが近寄り聞き耳を立てるのを防ぐためだ。誰かが砂利を踏んだら独特の音がそれを知らせてくれる。簡易な防犯装置。
「それで、ブル。君は彼らが信頼に値すると思ったんだね」
伊藤は窓から周囲を確認し、雨戸を閉める。かんぬきを扉にかけ、可能な限り声をひそめた。
「ああ、そうだ。反貴族、反王でしょっ引かれた連中ばかりだ、トーラ」
トーラはヘルゴラント語でお前を意味する。この愛称に伊藤は愛着を持っている。ゲバラのチェも同じようないきさつで付けられたものであるからだ。
「反階級だけでは駄目だよ、ブル。社会主義はその先を行く、平等にして自由だ」
「大丈夫、頭の悪そうなヤツは省いた。そいつらは後から合流しても問題ないだろう。こいつらは頭の回りが悪くない連中だ」
伊藤は男達を観察する。農作業で鍛えられているが、それでも線は細い。飢餓の影響もあるだろうが、脳みそまで筋肉という訳ではなさそうだ。
「俺はキヌルと言う者だ。反貴族の疑いで一年牢獄につながれた、入れ墨も」
一人の男が立ち上がり名乗る。腕をまくり入れ墨を見せる。この世界では入れ墨は罪の証である。ブルも手のひらに入れ墨を入れられている。
「一年か…… 」
伊藤は思いを巡らす。
(この世界は人権みたいなものは保証されていない。ということは牢獄生活も想像できない位過酷なものだろう。一年、長いようで短い期間だがきっと辛い目に遭ったに違いない)
「それは大変だったね。辛かったでしょう」
無論、伊藤は苦労と信頼は別であることは理解している、だが多少の同情心を抱いたのまた本当である。
「俺は社会主義をまだ知らない。だが、こうして遠隔地に散らばった反階級主義者が一同に会することに意義があると思っている」
キヌルは続ける。伊藤は耳を傾けた。
「飢餓の今、同時多発的な叛乱を起こせば王国はたやすく傾く。以前よりも用意にだ」
「君の言いたいことは正しい。サボタージュでも十分なダメージを与えられると僕は思っている」
「そうだ、今の王国は後方のか弱い農奴に依存している。今こそ好機だ。だから社会主義とやらの賛否はともかく、こうして反貴族が集えたことに意義を見いだしている」
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