野心とジャガイモ

 気が付くとベルモガ二世を含め全員が皿を平らげていた。

「急ぎ、ジャガイモをお出しせよとの命でございましたので他に料理の準備がございません。どういたしましょうか」

「腹は十分に膨れた。下がれ」

 ベルモガ二世が命令する。

「はっ。ベルモール殿下、鈴石殿とお話しするための少しお時間を頂けないでしょうか」

 アルドは機転を利かせてくれた。

(そうそう、そういうサポートを待っていったんだ)


「よろしい。父上は如何しますか」

 ベルモールはベルモガ二世に目配せする。

「朕は眠い。もう部屋にあがる」

「承知しました、女中長、おつきしろ」

 壁際に控えていた女中が姿を表す。

「では参るぞ」

 総員が起立し、気をつけ。耕助も姿勢を正す。一礼をし、ベルモガ二世を見送った。


「鈴石、座れ」

 耕助はこの世界のテーブルマナーを知らない、どこに座ればいいのか。

「こちらへどうぞ」

 アルドが椅子をひく、黄金の椅子。他にも椅子はある、鉄製、青銅。金は金家を示しているのだろう。すでに耕助も貴族社会の一員であるのだ。

「まだ作法になれておらぬのか。気張ることはない、こちらも無礼があれば許して欲しい」

「寛大なお心配り、痛み入ります」

 耕助は一礼し座る。


「さて、先ほども言ったが操り人形になる気は一切無い。私には私なりの考えがある。今は金家の陳情が多い、それをこなすので精一杯だ。できれば王都を離れたくはない」

「操り人形なんて思っておりません。むしろ、殿下のご威光を広める機会になると思いますが」

「父と同じことを言うのだな」

「ええ、私の世界においてジャガイモを広めた君主フリードリヒ二世は歴史上の名君とよばれました。その手法をお伝え出来ればと思いまして」

 耕助はベルモールの心をくすぐってみようと思った。

(『名君』、そう呼ばれて嫌な統治者はいないだろう。きっとベルモールも興味を持つに違いない)


「ほう、名君か」

「ええ、国力を高めそれまで無名だった国家を列強に至らしめました。なかなかの腕前だったとのこと。コツがあるのです」

「ふむ、続けよ」

 ベルモールは興味をもった様だ。


(逆に考えろ、今までジャガイモに興味が無かったということはこの男はそこまでアノン家と密接に連絡をしていないという事だ。情報の与え方次第でベルモールの好奇心は変わってくる。気を引き締めろ、耕助)

「はい。フリードリヒ二世はジャガイモを持って村々を回り、毎日ジャガイモを食べました。そして敢えて軍隊にジャガイモ畑を守らせました、そしてジャガイモを盗む村人を見逃せとも命令しました」

「ふむ、王の食事とあらばマズい訳がない。農民は当然好奇心を持つ、軍隊がいればなおさらだ。ジャガイモを食らい、うまさを知った農民は作付けに感心を持つ」

「左様です、ご理解が早くて助かります」

「世辞はいい。それで、ジャガイモが広まって国はどうなった」

 耕助は農政しか知らない。概要をホネに話を盛る。

「軍は二倍に、列強と戦争し勝利しました。領土も大きく広げたとか」

「戦時に軍備が二倍とは。それは素晴らしい、農兵の徴兵が行われている我が国には軍人を維持する力が失われつつある。今必要なのは軍を維持する為の農政でもある、無論魔王軍と

 戦う戦争が最重要問題ではあるが」

 ベルモールはちょびひげをなぞる。


「それで、ジャガイモには我が国に繁栄をもたらすだけの力があると」

 ベルモールの声が僅かに変化する、野心を持った男の声だ。野心は男を駆り立てる。

(掛かった! )

 しかし、耕助は喜びをひた隠す。今、あからさまに乗るのは安直すぎる、まだ駆け引きが必要とみた。

「ええ、国の形を大きく変えます。殿下、ご自身でこの国を治めるのです。如何です、大国を率いてみるというのは」

「興味深い、だが血の連盟を忘れてはならぬ。発展を望まず、平和を求める思想は捨てれんよ、ジャガイモが害なす場合もあるだろう」


 無論耕助は血の連盟を忘れた訳では無い。ベルモガ二世との謁見で『地雷』になった論点ではある。だが、野望を秘めた男には大国を率いる浪漫にあらがえないだろう。そう踏んだ。


「流通を制限すればよいのです、種芋を集中管理すれば可能です。この世界は転移魔導に依存している、市場の制御は容易でしょう」

 耕助はベルモガ二世との謁見を通じて土壇場で話をはぐらかす術を覚えた。今、耕助は交渉という面では一つ成長しているのである。


「ふむ、私ならジャガイモを褒賞代わりに撒く方が好みではある」

「ご随意に。どのように使ってもジャガイモは効力を持ちます」

「わかった。ジャガイモを広める行幸、一つ乗ってみよう。無論操り人形になるつもりはない、私なりの流儀でやらせてもらう」

「ご関心をいただいたようで。私としても嬉しい限りです」

 耕助は頭を垂れる。

(ベルモールの野心をうまくくすぐれたようだな)

「では、一働きさせて貰おう」

 ベルモールは手を差し出した、耕助は諸手で握り返す。

(これからだ、これから王国が動くんだ。全ては俺にかかってる)

 耕助は一人、武者震いする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る