ジャガイモと治世

「ベルモール殿下に奏上すべきこともあるでしょう。ご一緒しましょう」

 アルドが耕助をベルモガ二世の晩餐へと誘う。


 その必要はおおいにある。農作物を普及させるにはただ食べて『美味しいでしょ』では済まぬのだ、植え付けの方法とか、概要だけでも知らせねばならぬ。

「そうですね、お供させていただきます」

 肉と芋をのせたカートを押す女中にアルドと耕助は続く。


「私もジャニクと共にジャガイモを一口食べておけばよかった。ジャガイモ普及派だというのに、なにも知らないことだらけです」

 アルドはこぼす。確かにアルドはジャガイモを知らぬ、だがきっとアノン家から報告は上がっているだろう。

「でもアノン家から情報は上がっているんでしょう。きっと膨大な」

「それもそうですが、やはり実物を知らねば。毒もあり、石にも見える。そんな作物を普及させようというのです、生半可な知識では至りませんよ」

「それだけ知っていれば十分です、これからですよ、肝は」


 カートを先導に、一行は小さな扉へとたどり着いた。女中はドアをノックする。

「おう、ジャガイモをもてい」

 大きな声が帰ってくる、ベルモガ二世だ。

「失礼致します」

 女中は扉を開き、一礼し入室。耕助達も続く。壮年の男がベルモガ二世の隣に座る。ちょび髭が整っていて、がたいも良い。勲章らしきものを身につけている。

「おう、スズイシも来たか。これがベルモール、息子だ」

「私がベルモールだ。異界の者よ、よく参った」

「鈴石耕助、営農課長です。農協、農業ギルドのようなものだと申せば良いと息子に教わりました」


「それで、ジャガイモとやらはどこか。早う食べたい」

「陛下、客人の前です。もう少し落ち着かれませんか」

 ベルモールがいさめる。ベルモガ二世の呆けはマナーにまで及んでいるらしい、確かに子供っぽい振る舞いだ。


「ご心配せずとも逃げは致しませんよ、陛下。皿を」

 アルドが女中に目配せする。ジャガイモはポワレの添え物である。だがバターを塗ったジャガイモは千人力、それも品種改良の進まぬ異世界でだ。味に自信はある。

「ほう、あの石みたいなのがこんな風になるのか」

 ベルモガはつぶやき、ジャガイモを口に運ぶ。


「こいつは旨い! これは一品だ。ふん、甘みもある。だがうま味も強い。こんなものは初めて食べる! 」

 ベルモガ二世は大きな音を立てて諸手を打つ。ベルモールはそれを苦々しげに眺める。幼児退行でもしたかのような振る舞い。だが、これがジャガイモの威力、次はベルモールが驚く番だ。ベルモールはジャガイモを口へ運ぶ。

「ふむ、これは、これは」

 ベルモールは驚きを隠せないようだ。


「品種改良で甘み、うま味を増しています。私の国、日本は作付面積が非常に狭く農業大国とまともに争っていては勝てません。味を改良することが生き残りの道なのです」

 耕助はもったいぶって説明する。

(多少は高説たれてもいいだろう。それくらいジャガイモのありがたみを知ってもらわねばわざわざ召喚された身としては面白くない)

「このジャガイモ、植え付けも簡単な上に調理も簡便です。熱を加えればよろしいのです。スミナのように脱穀を必要としない、ただ保存性という面では穀物に劣りますが」


「で、私がこのジャガイモを広める為の操り人形になるわけか」

 ベルモールは不満げに呟く。彼は巡幸をあまり快く思っていないらしい。

「違うぞ、ベルモール。お前はこの饑饉の国において救世の作物を広める、次期国王のお前がだ。ジャガイモとセットで顔を売るのも悪くない。治政とはそう言うものよ」

 今度はベルモガ二世がベルモールを諫める。耕助は政治に口だしをしない。だんまりに徹する。

「お前も、朕ももういい歳だ。朕が身を退くのも遠い話ではない。その時に、国民から支持を得ているというのは強みになる。国民が領主に忠誠を誓わずとも、我ら王室を支えるなら十分なのだ。金家に叛意があったとて領民が従わずば、叛乱を治めるのは易い」

「……承知しました」

 ベルモールは口を拭き、ちょび髭を撫でる。


(なんだ、ベルモガ二世はまともな話もできるんじゃないか。単なるボケとは違う、やっぱり為政者たるものの資質ってやつか)

 耕助はベルモガ二世の評価を改める。

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