料理長

 大きなテーブルに乗せたジャガイモの箱。それを睨みながら料理長のジャニク、アルド、耕助が立っている。

 さて、どう料理するか。蒸かし芋は確かに旨いが時間がかかる。なにせ蒸すのだ。

「陛下にお出しするまえに毒味はするので」

 耕助はアルドに尋ねる。

「当然です」

「なら熱いほうが良い料理は出せないな」

(マッシュポテトか、それとも……)

「いや、加速魔導を使います。私は魔導師でもあるのです。毒味役の消化を早め、国王陛下はほぼできたての料理をお召し上がりになるのです」

 ジャニクはどこか誇らしげである。料理にも魔導を使うのか

「なるほど、素晴らしい。ジャガイモはメイン、いや主食で」

「承知しました。おい! 白スミナのパンはキャンセルだ! 作らないでいいぞ。いや、明日のご朝食にお出ししよう、やっぱり作れ」

 ジャニクはコックに命令する。


「それで、バター以外に合うお料理とかございますか、閣下」

(閣下か。確かに農業大臣は閣下なのだけれど、どこかむずかゆい。慣れないだろうな。これは)

「肉料理……ですかね。メインディッシュの添え物にも合いますよ」

「主食にもなり、添え物にもなると」

「ええ、調理法も沢山あります」

「そいつは研究のしがいってのがありそうですな。腕が鳴る」

 ジャニクは喜々としている、職人気質ってやつか。


「料理長! 湯が沸きました」

 若いコックが報告する。

「オーケー、わかった」

 ジャニクはジャガイモを十個ほどボールに入れる。

「一人二個もあれば十分でしょうや」

「ええ、それくらいで」

「ではかまどへとご案内します、閣下」


 ジャニクが先導し、耕助が後に続く。コックや女中はすれ違うたび、手を止め、頭を下げる。きっと大臣クラスの出入りは数か少ないのだろう。皆どこかぎこちない。

 大きな料理台を通り抜け、かまどへとたどり着いた。

「さて、どうやって調理するかですが…… 」

「蒸し器ってあります」

 耕助はジャニクに尋ねる。

「馬鹿いっちゃいけねぇ……、失礼閣下。ここは天下の台所でございます。おい!閣下は蒸し器をご所望だ! 」

「へぇ!ただいま」

 ジャニクの指示に若いコックが答える。

 ジャニクの口ぶりからして、『江戸っ子』みたいな質(たち)を感じる。普段の彼はもっとちゃきちゃきした性格なのだろう。


「それで何分ほど蒸しましょうか」

「十五分ほど」

「なるほど。アルド様、国王陛下はどれ位おなかがお空きで」

「陛下は食欲がわいているというより、ジャガイモへの興味の方がお強いようだ。早めにお出しした方が良いだろう」

「承りました。では、魔導をつかいましょう」

 アルドは腕まくりをする。


「我、天下を治める者の調理人。異界より出で食物を調理せんがため加速を願うものなり」

 ジャニクが唱えると鍋に魔導陣が光り、文様が浮かび上がる。蒸気が一気に吹く。


「で、どれ位柔らかければよろしいので」

「串がすっと入れば完成です」

「承知しました」

 ジャニクは鍋の蓋を開ける、ごうごうと蒸気が上がる。まるで地獄谷だ。ジャニクは腰に下げたポシェットから串を取り出し、ジャガイモに刺す。

「よし、良いあんばいで」

 ジャニクはジャガイモを黄金のトングで取り出し、更に並べる。

「うーん、不格好だなぁ。まるで石だ」

 ジャニクは芋の形が不満らしい。

「切り分けるのもいいですが、皮もまた美味いんですよ」


「そうおっしゃるならこのままでお出ししましょう。バターはちょっと付ければいいので?」

「ええ」

「承知しやした。バターだ! 保冷庫から出せ」

「あい、わかりました」

 若い女中が答える。


「保冷庫があるので」

 耕助はジャニクに尋ねる。

「ええ、冷凍魔導を使える調理人がいやして。ちょっとしたものなら保管が効きやす」

「バターお持ちしました」

 エプロンが汚れた、若い女中がバターをもってくる。


「それじゃ一口」

 ジャニクがバターを芋に塗り、口へ運ぶ。

「ふむ、これは旨い。甘みと食感がある。さて、どうせなら毒味も。我、天下を治める者の調理人。毒味をせんとす、加速を所望するなり」

 ジャニクが一瞬光る。


「毒はない、よろしい。陛下にお出しするぞ、皿をもて」

 さっきの若い女中がカートを押してくる、皿には肉がのっている。

「添えものでもよろしいんでしたね、閣下」

「ええ、ジャガイモは肉に添えるものいいですよ」

 ジャニクはジャガイモを半分に切り乗せ、バターを添える。


 アルドが何かに気づいたようで、懐から石を取り出す。

「ベルモール殿下もご一緒にお召し上がりになるそうだ。ジャニク、料理に余裕はあるか」

「ごぜぇます」

「その石、なんなんです?」

「王に仕えし、鉄家派遣の執事のみが許された魔導石です。紙の転移魔導でも意思疎通はできるが、紙の量が膨大になるのと情報秘匿の関係上、紙を避けたい時もあるのです」

「なるほど」


「さて、熱いうちにお出しするぞ」

「承知しました」

 若い女中が走り、壁に掛けてあるエプロンと取り替える。綺麗なエプロンだ、給仕の時と調理の時で切り替えるようだ。


「国王陛下もきっと満足するでしょうや」

 ジャニクは満足げに腕を組んで、押されていくカートを眺めた。

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