苦い勝利

「お怪我は」

 周辺を見回しながらゴルムが尋ねる。

「全員健在! 」

 倉田が答えた。

「宜しい。護衛騎士も損害はありません。網に引っかかり、手間取りましたがなんとか」

 ゴルムが小屋を曳くフヌバを見やる。

「小屋を曳くフヌバが射貫かれています。私のフヌバで変わりに曳きましょう」

「そうだな、そうしよう」

 倉田は汗を拭い、耕太は呼吸を整える。


「我、速度の求道者也。今、窮地に追いやられし友朋の加速を望む者也」

 ゴルムが詠唱する、キャラバンが一瞬光る。

 御者は死んだフヌバと小屋をつなぐ装具を外し、ゴルムのフヌバを変わりにすげ替える。


「ヘルサ様! 揺れます、ご注意を」

 御者が小屋の中へ向かって叫ぶ。フヌバの死体を小屋が乗り越えた。小屋の浮遊魔導の力をギリギリまで使ったようだ、小屋がきしむ音がする。


「今、我々の行動は加速されているんだな」

 倉田がゴルムに尋ねる。

「ええ、それが何か」

「ジュセリ、一緒に死体を調べよう。何かわかるかもしれない」

 倉田は敵の死体をあさる。

「賊の練度ではない、正規兵並だ。護衛へのトラップも我々と分断させるつもりだったのだろう。護衛の復帰が早く助かった、戦闘が続けばじり貧だった」

 ジュセリは剣を一振りし、血を払って鞘に収める。


 耕太も死体漁りに加わる、人手は多い方がいいと思ったのだ。

「走ってるフヌバを一撃で射貫いているって事は…… 弓って簡単に使える武器じゃ無いでしょ」

「そうだ、ただの賊ではあるまい。耕太、よく最初に撃った。見所があるな、お前」

「丘の上で棒立ちしてたから見つけられただけだよ。クロスボウみたいなの使って伏せ撃ちされてたら今頃は……」

 全滅だっただろう。


「賊というのはな、普通は最初に鬨の声をあげる。己を奮い立たせる為にだ。それがなかった、統率がとれている証拠だ」

「ではどこかの領主の正規兵? まさかユミナさんが裏では農業大臣解任に怒ってたり? 」

「さあな。だが、シルタ家は戦に長けている訳では無い。ここまでの練度の兵を集められるとは思えない」

「武器、防具、全て金だ。どこでも手に入る武装だけだ。それも皆、バラバラの武器を使っている。あえてそういう装備にしたのだろうな。こうなると黒幕の特定は無理だろう。やり手だ、死体からじゃこれ以上の情報は期待できまい」

 倉田は首を振る。

「フヌバの交代が終わりました、皆様お乗りください」

 御者がせかす。

「了解、今乗る」

 倉田は諦めたようだ、小屋へと入る。耕太ゴルムはそれを追い、ジュセリはバルコニーへと昇る。

「出発、最大速度だ」

 ジュセリが御者に命令する。加速魔導もあり、小屋は風を切って走り始めた。


『黒の手』は死して尚、痕跡を残さなかった。耕助の暗殺という目標を果たせなかったが、背後関係を明らかにされことも無い。シルタ家の安寧を守り抜いた。シルタ家騎士長イノムデは『黒の手』の補充に手間取るだろうが、己の失敗で主の首が切りおとされるのを防いだのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る