甘味

「我が領地の案内もしたいが、その時間はありませんな」

 ユミナは酒を飲みながら、ヘルサに問う。

「ええ、残念ながら。早々に王都へ赴かなくてはなりません」

 ヘルサは麺料理を半分以上残した、口の周りをナプキンで拭く。

「残念だ。品種改良中のスミナの畑をご案内したかったが…… 」

 ユミナは心底残念そうである、きっと自慢の農地なのだろう。

「農業大臣になった暁には是非拝見させてください。この世界の農業には関心があるので」


「うむ、ワシもジャガイモも見てみたい」

「今、転送しましょうか。魔導で一つや二つなら簡単に送られるのでしょう」

「いや、そこまでせんでも結構。ジャガイモは我が領地にも根付くだろう、その時で良い。今はスミナの改良で手がいっぱいだ。まぁ味見してみたい気持ちが無いわけではないが、それは副産物だ。ジャガイモ召喚の目的は国家を支える農業生産性の向上なのだからな」

 ユミナが酒を飲み干す、女中が酒を注ぐ。鯨飲のようだ。


「そういえば今移住農民を募られているとか」

「ええ、全土にジャガイモを普及させるために募集中です。ですが……」

 耕助は口が重くなる。移住農民、響きは問題ない。だが実際は口減らしでしかない、農民の大半はほとんど難民のようであり、労役に使える者は少ない。

「どうせ金家が口減らしに送っているのだろう、鈴石殿」

「ええ、その通りです」

「我が家は農民の中でも選りすぐりを送ることを約束しよう。餓えてないマトモに使える連中を、だ。ジャガイモ農法を全土に広める、その第一歩は是非我が領地で」


「ありがとうございます。移住農民といっても正直難民みたいな連中で使えるかどうかも判ったものじゃないんです」

「そうだろう、今金家は猛烈に餓えているからな。アノン家がその飯をまかなうとなれば万々歳で有象無象の農奴を送ってきたんだろう」

 ユミナはまん丸の目を同情に染める。

「お気遣いいただき感謝します」

 ヘルサが答える。



「まだあるんですか」

 耕助は呆れる。この家のもてなしはくどい、料理一品、一品が重すぎる。

「なあに、残してくださってもかまわんよ。農奴が食うからな。ただ腹一杯にはなっていただく、それが我が家の作法だ」

 ユミナが手を鳴らす。

「川魚の塩焼きだ。シンプルだが旨いぞ」


(魚! 久しぶりだ。この世界に来て一度も食べてない。アヴァマルタの肉はウナギっぽかったが魚ではない)

 耕助の期待が高まる。

 運ばれてきた魚は鮎のような見た目だった。

(これなら期待できる)


「なにせ、飢餓だろう。野生の魚は取り尽くされてしまった。不作の時には獲得経済が中心となる。野獣や魚は貴重品、アノン家ではいかがか」

「同様です。我が家では魚は養殖してませんから、もう半年は食べていません」

「我々の世界、日本では魚を結構食べるから嬉しいですね」

 耕助はフォークで魚の身を崩し、口に運ぶ。


 久しぶりの魚。味は脂が薄い白身だが香りだかい。香ばしい匂いが鼻を抜ける。これまで重めの肉と麺だったからこの味は食欲をそそる。

「美味しい、これはどういう魚なんです」

「そうだろう、そうだろう。交配を繰り返し、品種改良した川魚だ。さっぱりしているだろうワシの好物でな」

「品種改良ですか。大変でしょう」

(きっとこの世界にはゲノム書き換え、遺伝子組み換え技術はない。品種改良はある意味博打にちかいだろう)


「我がシルタ家は品種改良を含め、様々な農業実験を生業としている。農業大臣に収まっているのもそうした一面があるからだ。まぁ、冷害に強いスミナの研究は遅遅として進んでいない。だから鈴石殿とジャガイモが召喚された訳だ」

 ユミナは悔しげにもじゃもじゃのあごひげを撫でる。

「ワシの力不足であなた方が召喚されたということでもある。そういう訳だから、農業大臣の席を辞する時も文句は言わないと決めたのだ。鈴石殿、この国をよろしく頼む」


「なにせ突然の冷害だった。季節外れの霜と雪だ。スミナは南方で僅かに実ったものの、殆ど全滅だ」

 霜、雪は農業にとって天敵である。細胞壁を破壊し、作物を全て駄目にする。

「霜ですか。それは大変だったでしょう。王国はよく今まで持っていましたね」

「うむ、ワシが細々と行っていたスミナの備蓄が功を奏した。だが、農奴が徴兵され、備蓄だけでは人口を支えるだけの力はない」


「成る程。こう言う言い方すれば失礼ですが、この世界の農業の発展はもっと遅れていると思っていました。輪作すら無い以上、備蓄とかそういう事はしてないのかと」

「我が家は違った、そういうことだ。今回の様な冷害に備えた備蓄は領主の元では行われていない、国策だ。王家と王国正規軍を支えるのが目的の備蓄、量は圧倒的に少ないのだ」

「確か前線の兵は一日一食が限界と聞きました。そう言う事ですか、王家を支える為の備蓄を農兵に切り崩していると」

「左様。今思えばもう少し備蓄をすべきだった。だが、領主が反発しただろう。後出しならいくらでも策は練られるが現実ではそうはいかない」


(この人は豪胆なだけではない。きちんと農業政策に通じた人間だ)

 話を続けるうちに耕助のユミナに対する評価が変化してきた。

(なにもユミナは農業大臣として役者不足だったのではない。予想外の冷害、そして貴族の政治に阻まれた限界まで役目を果たしていたのだ)

 耕助は今後、この人物を頼るべきだと判断した。異世界の農業を学んだとして限界がある。頼れる貴族、イムザにダスクは農業に通じているとは言えない。


「さて、我が領地の自慢の名物、甘味でこの席を仕舞いとしよう」

 女中は川魚の皿を下げ、新たな皿を配膳し、そして茶を振る舞う。

 スイーツ、カラメルとクリームでミルフィーユの様に層を作った一品だ。

「王国は広しといえども砂糖の量産ができるのは我が家だけ。シルタ家の威厳が掛かった一品だ。お口に合えばいいが」

「シルタ家のお菓子は貴族の中でも大人気、鉄家といえどもそうそう手に入らないんですよ」

 ヘルサが年相応の少女の顔で耳打ちする、凄く嬉しそうだ。


 だが耕助はデザートにうるさい男。なにせS町近場の帯広はスイーツ大国、精糖工場もある。だから耕助はこの世界の甘味には大して期待をせず、フォークで口に運ぶ。


 期待は良い意味で裏切られた。洗練された味だ。カラメルの苦み、サクサクとした食感に、さっぱりとしたクリームが合う。シンプルな一品故に、作り手の技量が試される。

 耕助にとってこの品は『大当たり』だった。


「私の世界じゃデザートの流通は多いですが、これはちょっとした逸品ですよ」

「どれくらい流通量だ」

「子供の駄賃で買える、掃いて捨てるほどあります」

「ほうほう! そんな世界とも張り合えるとは! いや口がお上手だ」

「いえいえ、本気ですよ」

 耕助とユミナの視線が交わる。耕助は本気の目だ。


「気に入られたか、満足満足。砂糖は貴重品だが、砂糖だけが重要では無い。肝はクリームだ」

 ユミナは耕助の真意をくみとったようだ。

「確かに。動物性のクリームですよね、これ。くどくなく、しかしあっさりしすぎでも無く。絶妙な食感だ。この味なら私の世界でも十分張り合えますよ」

「我が家は甘味専門のコックを抱えている。彼なら例え打ち首になってもこの秘伝のレシピは守り通すだろう」

 ユミナは豪快に笑う。


「私の世界にはパティシエと言う職があります。デザートの専門家です、この世界にも居るとは驚きました。なにせ此方に来てから甘味というものを食べていない」

「パティシエか。我が家と王家にしか居らんだろうな。なにせ砂糖が限られる」

「そうでしょう、精糖はなかなかに難しい。それをカラメルにするとは大胆。でも細部に技が効いてます。美味しかったと是非お伝えください」

「うむ、彼も喜ぶだろう」


「本当は一昼夜掛けて歓待するつもりなのだが、今回は急ぎの旅なのだろう。不本意だがこれで仕舞いだな。これからの旅路は我が家のフヌバを使われよ、アノン家から飛ばしてきたフヌバは我が家が責任持って休ませる故」

「お気遣い痛み入ります」

 ヘルサが頭を下げる。


「それでは、鈴石殿。この国をどうか頼む」

「こちらこそ、今後、ご助力をよろしくお願いします」

 ユミナ、耕助が互いに頭を下げる、農業にプライドを持つ二人の男の協力関係が生まれた瞬間であった。

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