ユミナとの別れ

「鈴石殿、ではまた参られよ。いつでも大歓迎だ」

 耕助一行を見送るため、玄関までユミナはついてきた。

「是非。農業の話をさせてください」

「そうだな、もっとジャガイモの話がしたかった、植え付けの方法とか、味とか」

「ジャガイモは移民団を送っていただければしっかり植え付け、収穫をお教えしてお返しします」

「よし、選りすぐりの農民を送ろう。では、王都までの道中気をつけて」

 ユミナは大きな手を差し出す、耕助は力を入れて握り返す。

「鈴石。王国を、ヘルゴランドを頼んだぞ」

「ええ、微力ながら全力を尽くさせていただくつもりです」


 浮遊小屋が邸宅の脇から現れた。ユミナはフヌバを乗り換えるよう指示していた。確かにシルタ家のフヌバに変わっていた。若干肥えている、家畜でも食料事情が違うのだろう。


 耕助は浮遊する小屋に乗り込む。窓はないからドアから顔を出してユミナに手を振る。ユミナも機嫌良さそうに手を振り返した。

「出発します。扉をお閉めください」

 ジュセリのアナウンス、耕助はそれに従い扉を閉めた。

「なかなかの器量の持ち主じゃないですか」

 倉田が耕助に話しかける。

「イヤミとかそういう類いの言葉を投げかけられると思ってたら全然違いましたね」

「飢饉の時の農業大臣、そういうことは結構有能なんじゃない。ジャガイモ栽培にも感心あったし、この人がキーマンになるかもね。副大臣になってもらうって話大切にしといた方がいいかもよ」

 耕太が真面目な分析を口にする。


 耕太がハーレムとか、勇者だとか口にしなくなって久しい。耕太はゴブリンとの戦闘でこの世界のリアリティーに正面から向き合う覚悟を決めたようだ。

 耕助としては息子の成長が嬉しい反面、死生観さえ変えてしまった事に戸惑いも感じている。


「そうだな、ユミナさんはなかなかにデキた人のようだ。信頼できると思うし、あの豪快さは付き合いやすくもある」

「ユミナは豪胆ですが細かいところに気が回る。聡明ですよ、彼は」

 ヘルサも一目置いているようだ。


 浮遊小屋はシルタ家の塀を抜け、道へと出たようだ。

「ゴルムが加速魔導をかけます」

 ジュセリが小窓から告げる。だが今は満腹だ。浮遊小屋が揺れなくとも酔う可能性がある。

「いえ、このままのスピードで結構です。途中で吐いて疲れるのもアレですし」

「承知。速度を維持、振動をできる限りおさえます」

「ありがとう、それでよろしく」


「久々にインスタントじゃない麺食べれて大満足」

 耕太はソファーに身を投げ出し、脱力している。一方の倉田はすわその時に備え、ソファーに浅く腰掛けている。

(そうそう、それでいい。それくらい脱力した方がいいんだ、お前は少し気が抜けてる位がちょうど良い)

 耕助は耕太の姿を見て僅かに安堵した。


「麺料理は我が家でもめったに出ません、なにせ飢饉のこのご時世ですから。私も珍しい品々を食べれて満足です。特に最後のスイーツ」

「あれは美味しかった。ヘルサちゃんは知らないだろうけど、近場がスイーツ王国だったんだ。あの味なら俺たちの世界でも戦えるよ。クリームが良い味してた」

「そうだな、肝はクリームの乳だな。何のミルクつかってるのか知らないが、重すぎず、軽すぎず苦めのカラメルとよくマッチしてた」

 帯広はS町にとって一番身近な都市だ。温泉あり、スイーツありで結構楽しめる町。

「スイーツ王国ですか……一度行ってみたいものです。甘味はなかなか手に入りませんから」

 ヘルサはまだデザートにうっとりしている。貴族の顔ではない、年相応の少女だ。


「それで、王都まであと何日くらいかかるのです。ゴルムさんの魔導は当初の予定には入っていないので距離感がなんともつかめない」

 倉田がヘルサに問う。

「あと、一日、二日といった所でしょう。そこまで長くは無いはずです」

「アノン家と王都って意外と離れていないんだ。まぁ今回は加速魔導使ってるから、普通のスピードだともっとかかるんだろうけど」

 耕太が口を挟む。

「ええ、鉄家、青銅家は王都のそばか、戦略的要所に配置されていますから」

「成る程、そうやって首都を防衛しているんだな。王都のそばに軍事力の高い家々を集めていると」

 倉田がつぶやく。


「さて、酔い止め飲んだ方がよろしいでしょう。満腹状態では直ぐに酔ってしまいます」

 ヘルサの言う通りだ、今酔ってしまっては先が思いやられる。

 耕助はゴブレットに生薬を注ぐ。ヘルサは貴族様、お茶注ぎなんてはなからするつもりは無いだろう。

 眠気を誘う酔い止めを倉田は飲まないと言っていた、耕助は三人分用意する。

「オヤジ、ありがとう」

 耕太がゴブレットを受け取る。


「さて旨いモノも食ったし、一眠りするか。耕太、ベッド貸すぞ。昨日一晩そのソファーじゃ疲れたろ」

「うーん、まだ体力に余裕はあるけど。どうしようかな」

 耕太は戸惑っている。

「休める時に休むのは鉄則だぞ、耕太君。いつその時が来てもいいように備えておくのも重要な要素だ」

 倉田が助言する。


 倉田はどうも耕太を警察とか、自衛隊とかその筋の人に仕立て上げたいようだ。耕助の胸の内も知らないで。


「じゃあベッド借りるよ親父」

 耕助と耕太はソファーとベッドと交換する。ソファーはなかなか悪くない座り心地だった。

「じゃあ何かあったらおこして」

 耕太はそう告げるとベッドに潜り込む。

 耕助も眠気がきた。

(この世界の薬はどうも効くのが早い気がする)

 耕助はまどろみに身を任せ、眠りについた。

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