鈴石ジャガイモ大臣

「無茶な要求だというのはわかっておる」

 ダスクが茶をすすりながら、耕助に目を合わせる。

「だがな、このままでは埒があかないのだ。ワシも事実上参謀本部から外された」

 

軍神を中枢から外すとは思い切った判断だ、それだけ前線は複雑な状況にあるのだろうか。軍事に疎い耕助でも、ニュアンスを察することはできる。

「どうもワシは臆病風に吹かれたとでも思っているのだ、連中は」

 ダスクはいらだちを隠そうとしない。


「爵位といっても臨時のものだ、税もなければ軍を編成する必要もない、ジャガイモを特権的に扱う立場になるというだけだ。その方が話しも進みやすかろう」

 イムザが手を鳴らすとペスタがオレンジ色のカブの様な野菜が盛り付けられた皿をカートに乗せ現れた。


「残念ながらこの話はもはや覆せない。これは爵位受領の前祝いの宴だと思って欲しい」

「ですが、本当に政治は素人ですよ、それもこの世界についてはまだまだ知らない事も多い。それでもいいのですか」

 皿をリンタが配る、まるでそこに存在しないかのように物音を一切立てずに。


「今回ばかりは仕方ないのだ。望めば後見人も付ける、アノン家からは最大限のサポートを約束しよう」

 最早この路線は覆せないようである。耕助は抵抗する事を諦め、今度は現状を把握することを優先した。

 この世界はなにが起こるかわからない、そうは思っていたが、こんな状況になるとは全く思ってもいなかった。


「そもそも今回、私が爵位を受ける理由というのはジャガイモが関係しているんですよね、前線と我々生産者との間で乖離が起きていると」

 リンタは各人に食事の皿を配り終えると恭しく礼をして退出する、それを見届けてからダスクが口火を切る。

「そうだ。前線の連中はジャガイモの普及を目指すのではなく、今回の戦争の早期収束を狙っている。だがな、戦争が終わった所で飢えた農兵を賄うだけの余力は残っていまい。いいか、今回の戦争が終わったとて、復興を成し遂げるだけの余力なければこの国はいずれ滅びる。その認識が前線にはない。手持ちのジャガイモだけで決戦をするつもりらしい」

「耕助殿、今の話は全て内密に。士気に関わる故」

 イムザが釘を刺す。


「で、参謀本部がジャガイモをかっぱらうのを防ぐために私が爵位につくと、完全にそちらの都合で話が動いている点は遺憾です。が、従う他ないと」

 イムザは苦々しげに頷いた。


 きっと彼らも耕助の爵位受領を芳しく思っていないだろうことは察せられた。これまでの彼らとの交流から察するにはS町には「農業」以外の期待は寄せていない筈である。それを政治の道具にするのは彼らの本位ではないだろう。

 が、爵位を受けるのは耕助本人である。突然の事に戸惑っているというのが正直な実感だ。


「実際のところ、イムザさんは今回の推挙には乗り気ではないですよね」

 耕助は彼らの胸の内を少しでも理解しようと努める。彼らの思い次第では耕助は今後、貴族の仕事に忙殺され、農業どころではなくなる可能性もある。

 それではS町の農業力を最大限発揮したとは言えない。そしてそれは日本への帰還を遠ざける要因となる。

「無論乗り気ではないよ、最終手段だ。我々が魔王軍に勝つ為にはジャガイモを手段を選ばずに普及させる必要がある。今回の推挙はその手段の中でも切り札に近い」


「領地は召還したS町ということで、またジャガイモの管理、流通の専権大臣となる。大臣と言っても不安になることは無い。ジャガイモの知識を生かし、普及させる、今までと変わらん。政治に関しては我々が支援する。王都にも我が家の使いがいる、彼らに支援させよう」

「王都に張り付きっぱなしと言うことですか」

 S町を離れ、右も左もわからない異世界におっぽりだされる、そんなのは御免被る。

「いや、大臣の肩書きをもってS町という領地に居れば問題ない。魔導文もある。首都機能は案外分散されているのだ、ご安心なされよ」

 イムザが付け足す。


 カブのような野菜は酢漬けであったが、耕助にはその酸味を味わう余裕はなかった。あまりの展開に脳と味覚が追いついていないのだ。

「既存の貴族に疎まれる、いや、敵対視される可能性はありませんか」

 終始無言だった渡が切り出した。

「ただでさえこの世界の人間じゃ無いのに、いきなり爵位ですよ。ジャガイモでなんらかの功績を挙げたならともかく。まだ十分な供給ができてないのにも関わらず貴族になれば、当然敵対視されると思うのですけどね」

 渡は渡なりに耕助の身の上を案じてくれているようだ。この世界に信頼できる仲間がいることは大変心強いことなのだと再認識させられた。


「その辺も我が家の者で片付ける。安心なされよ」

 イムザは余裕を顔に浮かばせている、それだけこの家はパワーがあるという事なのか。


「わかりました、私もイムザさん、ダスクさん、あなた方を信頼しかけていた所です。正直この話には乗り気じゃありませんが、国家の復興には不可欠なのでしょう。我々としても一刻も早く国に帰りたいわけですし、この話を蹴ってしまえばそれが長引くのであればお受けするほかないと思います」

 イムザの顔がほころんだ、渡は耕助を注視している。


「但し、私に出来るのは農業にまつわることだけです。それ以上の事は手を出しません。余計な事に首を突っ込みかねないので。そこら辺のフォローは頼みますよ、本当に」

「引き受けた、賢明な判断に感謝する」

 イムザは手を鳴らし、次の料理を運ばせた。

「では王都に出立する準備をお願いする。こちらからも代表を送らねばならぬしな。今回は距離が長い、フヌバのキャラバンで移動してもらう」

「王都ですか、まぁいいでしょう。乗りかかった船です、覚悟決めていきますよ」

「その様子では大丈夫そうだな、是非奮闘をねがいたい」

イムザは満足げに頷いた。

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