公僕と貴族

 食事を一通り終えると、イムザとダスクは爵位授与の推挙のために準備があるといいのこし別室へと移動した。客間には耕助と渡が残された。


「メイドちゃん、灰皿お願い」

「畏まりました」

 リンタは一礼すると扉を開けて客間から出て行った。


「耕さん、これで良かったんですか」

 渡は心配そうに耕助を見つめる。

「農水大臣ですよ。それも異世界で。耕さん、言っちゃ悪いけどそんな器じゃないでしょう」

 それもその通りである、一農協課長が果たせる任務ではない。

「でもサポートはあるって言ってたじゃない。このアノン家は鉄家でそれなりにパワーがあるはずだ。ってことは結構なサポート受けられるんじゃないか。それに軍神ダスク様も後ろに回ってくれるっていってるんだから」

 耕助は自分に言い聞かせるように語りかける。


「確かに今、前線にジャガイモを奪われるとジャガイモの普及は遅れるかもしれませんよ。でもね、想像以上にこの世界の貴族関係は複雑です」

「それもお前の偵察情報か」

「ええ、先ず金家ってのがやっかいです。統一戦争、知らないかも知れませんけどこの王国を作る時に領主で争ったんです。その時に後れて和睦したのが金家。王国からは財政圧迫とかなかなかに厳しく縛り上げられています。当然、王家に不満を持っていると――」

「灰皿をお持ちしました」

 ノックが響く。

「ああ、ありがとう。どうぞ入って」

 耕助はリンタを招き入れる。リンタは黄金の灰皿をもって入ってくる。耕助と渡に一枚ずつ配る。

「外におります故ご要望があらばお呼びください」

「ありがとう」


 灰皿はシンプルな幾何学的文様の入った、素晴らしい灰皿だった。現世であったらば後ろめたく、決して使えないだろう。だが、すでにこの世界の常識を受け入れつつある耕助はタバコをくわえると火をつけた。

「で、金家が恨んでると、多分俺がやり玉に挙げられるって話しがしたいんだろ」

 渡もタバコに火をつけていた。

「そういう事です。なんかちょっとでもミスしたら責任問題とか押しつけられます。幾らアノン家が王国を支える三本柱のひとつだとしてもカバーしきれない面もあると思いますよ」

「そこは仕方ないだろ、ジャガイモの普及は今一番重要な所だ、種芋を増やしている段階だ。これをかっぱらわれるよりも多少の仕事が増えてもジャガイモを守れる方がいい」


「耕さん、俺ら日本に帰るために農業やってるんですよ。この国の為じゃない。そこら辺変わってきてません? 耕さんこの国やらこのアノン家に愛着もっていやしませんか」

「持ってない、が、S町が原動力になって世の中が変わっていく様は見てみたいんだ、俺は。根っからの愛郷精神からでな、ゴーストタウンが世のため人の為になるならば、進んで苦労はするつもりだよ」

 黄金の灰皿に灰を落とす。

「そういうことですか、なるほど。まぁ、そういうことならまだ良かったです。この国に愛着持たれたら日本組の先行きは危ういですからね」

 渡は短くなったタバコをもみ消す。


「耕さんの考えはわかりました、でも一にも二にも日本組の安全な帰還が優先だってことは忘れないでくださいね。本当に頼みますよ」

「わかってる、わかってるさ。S町のみんな、誰一人欠けること無く還るって決心は揺らがないよ、安心してくれ」

「それならいいですけど」


「でも、爵位に大臣かー。とんでもない話になりましたね」

 一転していつもののんきそうな渡に戻った、アメリカンスピリットを咥え、火をつける。

「そうだな。一生こういうこととは無縁だと思って居たが、こんな事になるとはな」

「貴族様になったらなにします? やっぱ美人はべらしたり? 」

「馬鹿野郎、そんなヒマがあるかよ」

「貴族さまになっても付き合いは変えませんからね」

「おう、不敬であるぞ、一公僕いちこうぼくが。打ち首に処する」

 耕助もおどけながらタバコをもみ消す。


「移民団の統率やら有機農法やらを伊藤さんにやってもらって、唯でさえ最近ジャガイモとはご無沙汰なんだ、そっちに注力するよ」

「うわー、変わんないなこの人。ある意味凄いけど」

「ある意味ってなんだよある意味って」

 二人はのどかに笑いながら過ごす、これからの苦労も気にせずに。

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