末は博士か大臣か

 耕助と渡を乗せた車はアノン邸に着いた、その様子は最初からどうも普段と違っていた。

 先ず衛兵の数が多い、それに綺麗に隊列を組んでいる様子は儀礼的だ。警備とはまた異なった雰囲気である。

 そして耕助が車をアノン邸の入り口に寄せるや否や、兵士達は総員抜刀した。

 ギラギラと光る刀身は車内にいても身の危険を耕助は感じとった。


「おい、これマズい引き返すぞ」

 急いでシフトレバーをRに入れる、後ろを振り返ると敬礼している渡がいた。

「馬鹿、なにのんきに、おい銃を……」

「耕さん、これ敬礼」

 我に返り正面へと振り返ると確かに彼らは剣を抜いてはいるが微動だにせず、耕助たちへ頭を向けていた。

 確かに冷静になってみると戦闘態勢という体ではない。

「嗚呼、そういうことか。肝が冷えた」

 耕助は頭をふったのち、兵士達に下げ返す。


 隊列の先頭に立っていたジュセリの一声により総員が納刀する。

 ジュセリが車に駆け寄る、耕助は窓を開けた。

「ようこそいらっしゃいました、イムザ様がお待ちです」

「誰かくるんですか、この物々しい人たちは」

 耕助は兵士達へ眼をよこす。

「いえ、耕助殿をお待ちしておりました」

 耕助と渡は顔を見合わせる。

(俺たちの出迎えでこの規模?)

 初めてイムザの家に通されたときもこんな歓迎ではなかなった、裏に何の意図がある。

 渡も似たような判断に行き着いたようだ、怪訝な顔を隠そうともしない。


「なんのご用でお呼び出しに、さっきまで農作業中だったんですけど」

 農業より優先される仕事は今ないであろうと耕助は断じている。

「私は何も知らされてはおりません」

 ジュセリは顔を横に振る。

(火急の用でジュセリにも知らされていない、一体何なのだろう)

「わかりました、とりあえず車を中に入れても」

「はい、イムザ様、ダスク様がお待ちです」

 木の門が開かれ、耕助は邸内へと車をすすめる。


 邸内でも車を騎兵が先導する、手が込んでいる。

 騎兵は車を表玄関まで案内した、最近は厩の脇に停めていたからこれもいつもと違う点だ。

「渡、なんかおかしい」

「ええ、用心しましょう。耕さん、割と話はややこしいかもしれません」

 車を降りると女中達が揃い二人を出迎えた。


 初めて異世界へ召喚された時、こんな出迎えをされた。だが、それ以降はそんなことは一度も無かった。

 やはりなにかあるに違いない、渡が話していた農奴と領主の微妙な関係についての話だろう。


 怪訝な顔をしている渡と耕助をペスタが先導する。

「あのう、今日ってなんの事で呼ばれたんでしょうか」

 渡は再度問う。

「私共はしらされておりません」

 サラがきっぱりと断言する、一行は普段の応接間へと向かっていく。


 応接間に向かう廊下には赤髪のリンタと呼ばれた女中がまるで番をするかのようにたっていた。

 耕助は唯一彼女だけ、どんな魔導を使えるか知らない。


 ペスタがドアをノックする、

「鈴石様がご到着なさりました」

「通せ」

 イムザの言葉はそれだけだった、耕助達は応接間に通される。


 応接間の中はきれいに片づいていた、大きなテーブル、そして凝った作りの椅子、シャンデリア。

 この間までは簡易な椅子と机、地図が並んだ野戦指揮所の様相だった。

「どうぞ」

 ペスタが眼で椅子を示す。


 耕助は椅子へと腰掛ける、渡は銃を背負ったまま入室した。

「それで何の急用ですか」

 少しばかり邪険に言い過ぎたか、イムザは眉間にしわを寄せる。

「まぁ、茶を飲んで落ち着かれよ。そのように警戒しなくともよいではないか」

 イムザが手を鳴らすと茶と菓子をのせたカートを押してリンタが入室する。


 茶菓子? 此方の世界では初めて見る、ふんだんに菓子を作れるほど余裕のある食料事情ではあるまい。

 きっと希少価値のある代物、それを今出すということは『それなり』に重要な要件であるのだろう。

 耕助はいよいよ身構えた、隣の渡もまるで緊張していないようだが内心きっと事に備えている。

 渡は散弾銃を手の届く、テーブルの端へと立てかけた。


「話というのはだな」

 リンタの退出を見届けたイムザが茶をすすり、ダスクが話す。

「耕助殿の王都における、国王陛下への謁見、そして爵位の拝領、ジャガイモ専任大臣を依頼したいのだ」

 耕助と渡が顔を見合わせる、やはり政治がらみだ。


「これは我々の世界から鑑みた話なのですが」

 耕助は前置きをして話しを始める。

「謁見は別として、爵位。これは普通なにがしかの功績を挙げた者が賜るものではないのですか。私は言っては何ですけど、まだジャガイモの普及に成功していない訳で」

 渡と目線を合わせる、彼も頭を縦に振っている。


「これ少々入り組んだ話があるのだ」

 ダスクが眼をしっかりと見据え、話す。

「政治、ですか」

「そうとも言える」

 ティーカップをおいてイムザが口を開いた。


「つい先ほどだ、現状収穫中のジャガイモを前線に全て回せと参謀本部から通達があった。この通達にはアノン家も対抗しようが無い」

「一寸待ってください、アノン家ってこの世界だと三本指に入る貴族ですよね」

 渡が手帳を取り出し、確認する。

「その通りだ、だが通達を出したのもまた同じく三本指に入る、同格の家柄だ」

「ちなみに何というお家で」

「グンズ家、王国では軍事全般を取り仕切る。現在は魔王軍との参謀本部で長を務めている」


「彼らは短期決戦をするつもりなのだよ、ジャガイモを一過性の作物としか考えておらん」

「軍事の素人にはわからないのですが、それでは事足りないのですか」

「決戦というのはだな、二の矢が撃てる時以外とってはならぬ戦略だ。決戦に敗北したらその後にはぺんぺん草も生えんわい」

 ダスクが断言する。


「で、それと私の爵位とがどう結びつくのです」

 耕助には実感がわかない、自分が爵位?

「ジャガイモへの特権を国王陛下に与えて頂き、兵糧確保を阻止する」

「「はぁ?」」

 耕助と渡の口から同時に言葉が出た。

「内政の道具になれと、我々はそこまで聞いていませんよ」

 渡がやや好戦的な口ぶりで反論する。そう、耕助は畑を耕すことは知っていても政治は知らない。

(こんなことならあの見栄っ張りの元町長も一緒に召喚してほしかった。彼ならきっと喜んでこの依頼を引き受けるだろうに……)

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