メイド達の戦場

 情報規制のため応接間に入れなかったメイド達、彼女らは暇を持て余していた。

 別にそれは職務怠慢と言うべきものではない、むしろダスクの様子や人払いから察せられる『重大な案件』に備えるための措置であった。

 その案件を逃さぬよう、三人のメイドは『暇をしつつ、暇をしない』という一見矛盾した姿勢で時を潰していた。


 だが、その静止した時間が一瞬にて動き出す。

 カートを曳いて部屋を退出したペスタはサラとリンタを呼び寄せる。

「鈴石耕助をこれより『歓待』する、リンタは調理場へいって食事を用意しろ、サラは今一度館内の清掃をよろしく頼む。私は一応客室の手配だけはしておく、が人手が必要であれば呼んでくれ」

 二人は頷くと各の持ち場へと走り去っていく。


 この屋敷の召使いには殆ど階級がない、『無くなった』という表現の方が適切である。

 執事の長たるバトラーは王都とアノン家の意思疎通の為に王都に派遣されおり、各魔導執事は前線へと送られた。

 男であれば魔導が使えれば士官、下士官として、使えねば兵卒として。

 メイドの長たるハウスキーパーは時不幸にして去年、老齢の為職を辞した。

 従って、現状この家の家事を取り仕切るものはこの三人にコルの魔導メイド、そしてその下に居るハウスメイドしか居ないのである。

 最早指示系統などいう系統だったものはない、四人の魔導メイドが中心となり物事を決定することになっている。

 この限られた員数の中でいかに家事を回すかは重大な問題であり、その上今日は『歓待』の準備を急場でしなければならない。


 リンタはペスタの言葉に従い厨房へと走る、紅い髪が風にそよぐ。

 厨房では部隊が全滅した輜重兵の生き残りでダスクが連れてきた、ウルムンドが新しいジャガイモメニューを作っている所であった。

 この研究は王国軍の補給事情を左右する重要な任務ではなく、あくまで前線兵士の負担を軽減するための補助的な役割である。

 従ってジャガイモの普及にかんする大勅令二号にまつわるものではなく、厨房の優先的使用権はアノン家にあった。


「今から宴の用意をします、調理場を開けてください」

「おっと藪から棒だな。ま、俺たちゃ居候の身分で、肝心のジャガイモ自体はもう蒸かしてるてるからいいけどよぅ」

 ウルムンドは不満げに唇をとがらせ、大鍋を魔導で転送する。

「それじゃお嬢ちゃん、用が済んだらまた声をかけてくれ。輜重兵共、アノンさんちのメイドの嬢ちゃんは撤退をご所望だ」

 蒸かしたジャガイモの皮を親指でむいていた輜重兵達はぞろぞろと外へ出て行く。


 残ったのはリンタと数名のコックだけだった。

「出て行かせてもよかったのかい、手が足りないんだが」

 老コックはナイフの研ぎ加減を確かめながらリンタに問う。

「仕方ないとしか、これはアノン家が行う宴会。私たちだけでどうにかしちゃいましょう」

 リンタはシミのない白いエプロンを脱ぎ捨てると、壁に掛かっていた薄汚れたものに取り替える。


「前菜、メイン、スミナ、スープ、あとは何か一品あれば十分でしょう。急な事ですから」

「それ以上は無理な話だよ、リンタ。おい、若いの、庭からデルミを積んでこい」

 若いコック見習が外へと出て行く。デルミはオレンジ色の果実のような野菜である。

 少し老け込んだシェフは酢漬けの瓶を取り出し、それを素早い飾り包丁で仕上げる。

「中身はねぇが、見栄えはいい。その路線で行くからな。おい、昨日バラした鶏肉あったろう、アレの出汁でスミナ煮込むぞ」

 リンタは鍋をのぞき込むと、白濁したスープがたんまりと残っていた。

「スープなら既にとってますが」

「ならいい、そいつを暖めておいてくれ」


 久々にリンタは魔導を使ってみようと思った、最近使うことが無かった『火焔』の魔導。使わねば力が鈍るという訳ではないが、リンタは折を見て魔導を使う事にしている。

「我、フイエルの信徒なり、今わずかばかりの力を示したもう」

 かまどに火がつく、リンタは手慣れた要領で薪を継ぎ足す。

「沸いたら塩を入れて、そこにあるスミナと今切ってる香草を入れてくれ」

 コックは肉と合うハーブを切り刻んでいる。


 ハーブがリンタに手渡される。去年収穫したスミナだから多少臭みがある為、いささか香りが強いものが目立つ。

 リンタは沸き立った鍋にスミナを投入し蓋をする。

「メインはどうするつもりで」

「鳥を捌く時間はもう無いな、アヴァ・マルタの干した肉が予想以上に残っていただろう。ほら、食う魔導師がいないから。アレで串焼きを作る、今年のは味が魚っぽいからな」

「了解」

「ただいま戻りました」

 デルミを収穫したコック見習いが戻る。

「遅い、それを煮込んで裏ごししろ。ポタージュにする」


 老シェフは干物にした召喚獣の肉を取り出すと、それに串を刺す。

「リンタ、かまどに網乗せて火をつけておいてくれ」

「もう火がついてるのが一つ余ってます」

「そうか、それならいい」

 リンタは網をかまどにのせる。

 職人面をした老コックはその上に串をさした召喚獣の肉をならべ塩を振る。


 調理場に光が差し、魔導文が転送される。ペスタからだった。

『正門前に自動車到着、直ちに玄関前に総員集合』

「料理長、呼ばれました。行ってきます」

「あいよ、飯食うのは応接間だな」

 リンタはコックの問いに頷いて返すと調理用の汚れたエプロンを脱ぎ捨て、元々きていた小綺麗なものと取り替えると素早く厨房を後にする。

 息は弾まない程度の駆け足で彼女は床を蹴り長い廊下を走っていく。

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