至急伝

 耕助は昔の活動写真の様に、カクカクと動く農民達の作業を眺めていた。加速されたことにより、彼らの動きが捉えきれないからそう見えるのだろう。

「このペースで行けば日没までに五十トン収穫できそうだ、魔導抜きの人力だけじゃ無理だべ」

 隣に居る藤井がつぶやく。


「鈴石様、鈴石様はいずこに」

 コルが叫ぶのが聞こえる、耕助はそれに大声で答えた。

「ここにいます、どうかしましたか」

「魔導文が到着しました、至急です。アノン邸にいらっしゃるようにとのことで」

「何かあったんですか」

 耕助に思い当たる節は無い、なにがおきたのだろう。

「不明です、が直ぐにでもいらっしゃるようにと」

 なんだか不穏な感じがする、藤井も怪訝そうに顔をしかめる。

「今収穫の真っ最中なんだが、それでも耕ちゃんが必要なのかい」

「はい、魔導文では最優先とのことで」


 最優先か、イムザはジャガイモ栽培の重要性は重々認識している筈だ、それが最優先で館に来いとはやはり何か事がおきたと判断すべきだろう。

「解りました、今から車で向かいますと連絡しておいてください、あとここに居るS町一行の帰りの荷車の手配を」

「承知しました」

 コルは深々と頭を下げるといずこかへと走って行く。

「藤井さん、後はよろしくお願いします。伊藤さんもいらっしゃるので、共同すればなんとかなると思いますが」

「あんな趣味農家いてもいなくても大丈夫だよ」

 藤井はポケットから取り出した煙草に火をつけた。


 耕助は車を止めてあるあぜ道へと向かう、車の周りを兵士が固めている。

 そのボンネットは散弾銃を持った渡が腰掛けていた。

「耕さん、どうしたんです。まだ収穫終わってないでしょう」

「貴族様からの招集だよ、全く理由が解らん呼び出しとはヒヤヒヤするな」

 耕助には珍しく皮肉っぽく言ってのけた。

「じゃあ本職もついて行きますよ」

 渡は耕助に耳打ちする。

「移民村の真ん中突っ切る訳だし一応護衛は付かなきゃ」

「わかったついてこい、乗れよ」


 耕助がスマートキーでドアロックを解除すると渡は後部座席の中央に陣取った。

「へんな場所に座るなぁ、どうした」

「鈴木さんに言われたんですけどこの方が良いらしいんですよ、ほら両方の窓から銃撃てるでしょう」

「でもお前の射撃当たらないって評判じゃないか、耕太から聞いたぞ」

「そんなのとっくに昔の話ですよ。今じゃ百発百中ですから」

 渡は憮然として答える。

「はいはい、銃当てやすいようにのろのろだから安心しろよ」


 速度に関しては渡だろうが、誰だろうが関係なく徐行にすることになっている。

 舗装されていない悪路で速度を出すのは危険だし、なにより移民村じゃ人を撥ねる可能性が高い。最徐行は欠かせない。


「耕さん、あの畑で働いている人間は割かし全うっぽいですね。ほらここにいるのは・・・・・・」

 この村に今居るのは畑で働いていない者だ、腕や額に入れ墨が入った者がチラホラいる。

「この世界で入れ墨は罪人の証なんだそうで。ウチらの世界のヤクザのモンモンやらタトゥーと違っておしゃれ、威嚇に使うようなものじゃないんだそうです。ガチガチの罪の証」

「犯罪者を識別しやすくするためか。でも普通の村人と罪人の割合はどうなんだろうな、元々この領地だけが治安良かっただけじゃないか」

「いやいや、この領地の民だろうと、移民団だろうとここに居るって時点で兵役免除なんですよ。この大戦争している世界で。余程の事情がないとそんなことないんです。罪人は兵役免除だそうで、軍律の維持の為で。そいつらをここに回してる訳で」

 渡は身を強ばらせながら、周囲を警戒する。


「警戒は解かないほうがいいです、入れ墨入りは特に」

「だけど伊藤さんが紹介してくて、あの畑で率先して働いてたブルって人も入れ墨入ってたぞ。本人は無実の罪で入れられたって言ってたけど」

「それ、訳アリじゃないですか。そんなに信用しちゃいけないと思いますけど」

 渡は怪訝そうに声を低くする。

「でも働きぶりは一番真面目だったぞ、おっと」

 車の前に男が立ち止まる、クラクションを鳴らし立ち退かせる。

「車の前で立ち止まるとは全く危ないたらありゃしない。それで、だ。ブルは一番生真面目だったし、リーダーシップもあったぞ」

「はぁ、そこまで言うなら引きますけど。一応目だけは離さないでくださいね」

「わかった、わかったよ」


 車は貧民街を思わせる村を抜ける、耕助はアクセルを踏み込んだ。

「それにしても緊急の用事とはなんなんだろうな」

 耕助は頭を整理する為につぶやく。

「何でも驚きませんけど、この世界の常識を知っている訳じゃあるまいし」

 渡は結構クールに返す。

 危険地帯を抜けた彼はかなりリラックスしているようだ、声色が緩んでいる。

「確かにそれはそうなんだがな。だがこの世界で最重要なのはジャガイモの収穫な訳だ。それを差し置いて俺を呼び出す理由が思い浮かばないんだよ」


「じゃ農業に関係ある話じゃあないですか。そのロジックが有効なら」

「そうだな、なんだろうな。天気の話とか、魔導師の手配とかの話かな」

「多分そうじゃないですかね。貴族様方が直接やってくる程喫緊の問題でも無く、でも作業中の耕さんを引き抜くって、そんな塩梅じゃないですか」


 魔導師の手配の関係か、ふむ考え物だな。

 確かにこの世界を立て直すには魔導師の力がブースターとなるのは必然、だがジャガイモを根付かせるのに必要不可欠という訳でもない。

 年月さえかければ作物の定着は可能だ、少人数の魔導師ですら事態を大きく変えることは今のアノン領での出来事が証明している。

 五トンのジャガイモが数日で十倍になるのだ、イエスキリストは無からパンを生み出したと言うがそれに近しい偉業であろう。


 アノン邸への曲がり道へとハンドルを切る。耕助はポケットから煙草を取り出し、火をつける。

 やっぱりラッキーストライクはまだ肺にキツい。

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