推挙

 さっきまで静寂であった応接間は、イムザとダスクの為に軽食を運び込むメイド達によってにわかに活気だっていた。

 粥、茶、果物が並べられる、ダスクは昼飯を抜いていたためこれにかぶり付く。彼は目にもとまらぬ早さで一食を完食した。


 本来、貴族のマナーとしてはたわいない会話でつなぎつつ食事を楽しむものである。だが、軍人かつ騎兵という職種に就くダスクにはそういったものは関係ない。


 イムザもダスクにつられ食事を手早くすませた。

「もう下がって良い、必要であればまた魔導文で呼び出す」

 イムザがメイド達に退出を命じると、三人は扉から出て行った。

「先ほどのご主張は筋が通るモノだと私は判断する、が私は軍事に疎くてね」

 イムザは茶の入ったゴブレットを撫でながら話す、ダスクはうなずく。

「私に何をしてほしい、王国発展の為ならば無論協力は惜しまない」

 ダスクは意を決するかのようにしばしイムザと目を合わせた。


「鈴石耕助を国王陛下に謁見、爵位を与え、ジャガイモの管理権を掌握させようかと」

「大きくでたな、貴君の参謀本部への復権が目的かと私は思っていたのだが」

 イムザは目を瞬かせ、一瞬の動揺を示す。


「私も当初は復権できれば問題は解決するのではと思っていました。ジュビネ殿をイムザ様の言葉で丸め込めば良かろうと。ですが、残念ながらアビル参謀長がいる限りこの問題は解決しません。私と彼では家の出自が違いすぎます、遅かれ早かれ戦略的見地からまたこのような問題が生じるでしょう。私の復権では根本的解決にはなりますまい」

 ダスクは一気に話し、ヘミナの茶を飲む。ぬるくなりちょうどいい温度になっていた。


「それに結局私は所詮青銅の生まれ、いかに軍功を上げたとて権限には限界があります。それに武断の家柄上王国全体の農業に対しなんら公然たる影響力はないのです。ですが、異世界人であれば血統の正当性も問われますまい。それにジャガイモの専門家でもあるから彼に政治的権限を譲渡するのもある意味効率的ともいえましょう」

「現在の農業大臣は青銅家のユミナ・イル・シルタだったな。彼はどうする」

「彼は開化的、聡明です。事情を説明すれば辞職しましょう。それも魔王軍を撃退するまでの話。日本人はいずれ立ち去ります。そのこと位彼なら受け入れるはずです」

「まぁ私も幼い頃、良くユミナとは会っていた。異世界召喚の魔導に興味を持っていた。確かに面白い男ではあるが…… 貴君はユミナを信頼しているのだな」

「左様です、遠いですが縁戚でありますから。彼の器は大きい、ここは一つ信頼してみましょう。農業の指揮指導を集中的に行える者として鈴石を置くのです。さすれば現状手元にある芋を失うことなくより効率化された農業を推し進めることができましょう」


「だが、参謀本部との対立が明確になる。そうした政治的リスクをとってまで必要な事だろうか。私が王に進言し、権限を私が引き受ける等他にも穏当な手段はあるぞ」

「それも少しは考えました、が戦争終了後に特権として存続し続けるのではという新たな懸念を生み出します。異世界人は戦争が終わり次第、向こうの世界へと帰されるおつもりでしょう。その場合、この一時的な権限は確実に失効する。鈴石殿を選んだのはそうした独占的権限を生み出さないための担保であるというニュアンスが入っております」

 ダスクはやや顔を伏せる。

「何せ、あのジャガイモというモノにはそれだけの力があると思われますから」


「その懸念というのは君が私を疑っている、という意味でとってかまわないかね。戦争後にジャガイモを独占するのでは、と」

 イムザは身を乗り出しダスクに問う。

「ええ、この一件でこの戦争において信じられるのは自分だけと確信しましたから」

 ダスクは参謀本部から送られた更迭を告げる魔導文を示して見せる。


「成る程、貴君の懸念は理解した。こちらもそれなりに援助はおしまないつもりだ。が、鈴石に爵位を与えるには十分な実績が無いぞ。この問題はいかがする」

「今回とれるジャガイモの収穫成功と、何か珍しい貢ぎ物でも用意させましょう。彼らの持つ技術は我々では再現不能なモノが多い、それでいかが」

「貢ぎ物か。ひとまず王都へ芋を持って行く、何か案はあるか」

 イムザはダスクを試すように、前のめりでその瞳をのぞき込む。


「彼らの車も銃という武器も燃料や玉薬が無ければ無用の長物ですからなぁ……そうだ彼らの持ってきた酒は如何でしょう」

 ダスクはひらめいたように手をたたいた。

「酒か、確かに冷害でスミナの酒造りは殆ど壊滅しておるな、鯨飲の国王陛下は蜂蜜酒では物足りなく思われているだろう」

 イムザも感心したように椅子に座り直す。

「だが足りぬな。他の貴族にも威を示すだけのモノでなくては、結局鈴石が爵位を得られたとて軽んぜられるだけだ。それは貴殿の本意ではあるまい」


「ここはひとつ」

 振り絞るようにダスクが声を発する。

「献上する側の鈴石から何か案はないか聞いてみては。我々も彼らの持ち物全てを知っているわけでは無いことですし、彼らの目線からみた貴重なモノもありますでしょう」

「確かにな、それも一理ある。確か今彼は荘園でジャガイモの収穫を取り仕切っていたはずだ。呼び出すとするか」

 イムザは筆を執ると、書をしたため転送する。


「収穫のほうはよろしいので」

 ダスクは人心地ついたらしく、パイプに葉を詰め火をつける。

「ああ、かまわないだろう。他にも農業指導できるものがおると報告が上がってきている。それに国家戦略よりこの収穫が重要だと? 」

「いいえ、滅相も無い」

 ダスクは煙を吐き出し、首を振る。

「では、しばし人払いを解除するか。茶も冷めただろう、それに鈴石が来なければ話は進まいて」

 ダスクは再び筆をとり、書をしたため、それを規制線の外にいるメイドに送りつける。


 ダスクのパイプの火が消えるころ、ペスタがポットを積んだカートを押して入ってくる。

「これから鈴石……父親のほうがやってくる。歓待の用意をしてくれ」

「畏まりました」

 ペスタは今更鈴石を『歓待』する理由が思い浮かばなかったのか、いぶかしげな顔をしつつも承服した。

 ペスタは素早く茶を注ぎ、ダスクが食べきった食器をカートに下げる。

「他にご要望は」

「無い、鈴石殿をもてなす準備があるだろう。下がって良い」

「はっ」

 キビキビとした動作でペスタは退出する。


「悪く無いメイドですな、余計な動作がない」

「いやいや、こう余裕が無いときは却って主の心労が、ね・・・・・・ 」

 イムザは茶を一杯飲むと自ら次の茶を注ぎ、その湯気を眺めた。

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