決戦と謂うモノ

 ダスクは応接間でイムザの到着を待ち半時ほどが過ぎた頃である、ダスクはその時間を鉄で出来た玉座を眺め過ごしていた。

 王の巡幸に備え作られたその玉座は殆ど使われることは無い。がいつ何時に備えて毎朝、毎晩と磨きあげられ独特の鈍い輝きを放っていた。

 普及していない魔光石で出来たシャンデリアもまた、このアノン家が正統なる鉄家御三家であることを雄弁に物語っている。

 ダスクは参謀本部に逆らうにはアノン家の政治的パワーが必要だと確信している。


 扉がペスタの手によって開かれる、イムザが到着した。

 青銅家のダスクは起立し礼をして彼を出迎える。社交的な貴族の大げさな礼と違う『軍人の敬礼』である。

「いかがなされた、すっかりお疲れの――」

 イムザの言葉の先を丁寧をダスクは丁寧に遮る。適当に話を合わせてもいいのであるが、事の重大性を示す為にあえて無礼ともとれる行動に出たのである。

「ダスク様、先ほどの保秘の件、館の者には徹底して周知いたしました」

 そう言うなりペスタは丁寧ながらも逃げるように扉を閉める、わざととすら思える位足音を立てて彼女は去って行った。


「参謀本部から追い出されました。彼らは現有のジャガイモだけで決戦を行う方針です」

 ダスクは端的に情報を報告する、一切の感情を挟まぬ事実だけをまとめ内容である。

「追放とはいささか性急ですな、パロヌの立役者を追い出すとは。何が起きたのです」

 イムザは鷹揚な所作で着席するとダスクはキレのある動きでそれに続いた。

「想像以上に兵糧の欠乏による消耗が堪えたのでしょう。ジャガイモの保存、普及を唱えるのは私だけ。それに前線からも退いている、後方で私が臆病風に吹かれたとでも判断したのでしょう」


「ダスク殿の口ぶりから察すると、追放事態にそう不満はなさそうですな」

「左様で。私が危惧しておりますのはこの兵糧が欠乏している状況下での決戦主義であります」

 アノン家は軍事に長けた家柄ではない、魔導の系譜に連なる一族である。ダスクはそれを踏まえ丁寧な言葉で現状を説明しようと試みる。


「決戦と言いましても実際は『連続した戦争行為』の一要素、一戦闘であります。先のアヴァマルタにおきまして私が唱えましたが、戦争は戦闘のみで成立するものも御座いません」

 イムザは真摯な態度でこれを聞き入っている、目下の者へも不遜な態度は取らない質だ。

「ですが参謀本部はその真髄を理解なされていない。これが第一の問題であります」

 ダスクはポットに手を伸ばし儀礼的にイムザにこれを勧めた後、己のゴブレットに水を注ぐ。


 ダスクは一口水を口に含め、飲み干し話を続ける。

「そして第二に決戦というモノを理解なされていない。決戦とは敵があって初めての成り立つもの、現在、魔王軍は極めて高度な指揮系統の元で戦力を分散していると思われます。これをどのように捕捉し撃破するのか、恐らくですが戦線を一つの網と考えこれを窄めることで敵を密集させる算段でしょう。この作戦計画は以前から持ち上がっていたものです」

 後方に居たイムザはそのことを知る由もなかったのか、これを真面目に聞いている。


「ですが、肥大化した戦線を抱えている上、高度な指揮系統を持った敵を相手にこの作戦は成立しません。魔王軍は作戦初期から包囲網を掻い潜り、局所的な数的優位を得て戦闘に勝利するでしょう。これは恐らく多発的に起こりうる事で、この様な抜け道が増えると包囲殲滅は困難になります。そうなれば我ら王国軍が幾ら大軍を動員したとして戦略的勝利を収められる可能性も低くなるのです」

 イムザが漸く口を挟む。

「そうなれば決戦の為に消費した兵糧が水の泡か」

「左様で、下手をすると今以上の飢餓状態に陥り兼ねないのです」


「最後の誤解は、軍事はあくまで政治に属するものであるという認識を参謀部はお持ちでは無い。掃討戦を行い、兵を故郷に帰し、彼らに職を与え、これが再び飢えることの無きよう配慮する。これが達成されて本当の意味での『大勝利』には求められるのです。戦争に勝てばそれで終わり、という生やさしいものでは決してありません。王国の復興には大量のジャガイモによる食糧政策が必要なのです」

 ダスクが語り終えた所で魔導文がイムザの前に現れた。

「ダスク殿、依頼していた薬ができたとサラからの伝だ。どうする」

「ええ、一時人払いを解いてお世話になります」

 イムザは頷いてその魔導文に何かをしたためると転移させた。


 暫しの沈黙の後、扉の外から複数人の足音が聞こえる。

「失礼致します」

 サラ、ペスタ、リンタが一斉に入室する。

 ペスタとリンタは茶の入ったポットや茶菓子、前線の地図、各種機密魔導文用の箱を持ってきていた。

 サラは小さなガラスの器に透明な液体を盆にのせて恭しく運ぶ。


「これを、飲めば良いのか。あまりにも量が少ないが効くのか」

 ダスクは困惑気味に医療魔導師であるサラに問う。

「経口投与ではありません、転移魔導を使い血液中に直接投与いたします」

「そんな術見たことも聞いたこともないが」

「それは仕方の無いことなのです。何せ術を誤れば危険ですし・・・・・・ 一子相伝ですので」

 サラがダスクのそでをまくり、紐でこれを縛り付ける。

 血管が浮き上がるとそこに指を添えて、精密転移魔導の詠唱を行う。いつの間にかガラスの容器は空になっていた、術は成功したらしい。


 この注射に似た秘術はこの世界であまり出回っていない。

 だがサラの実家である金家のミニエ家にとって、これは重要な稼業であった。そもそも時間退行型医療魔導特化のミニエ家と、薬理学に基づく薬剤の投与は印象的に相反する印象があり、積極的に外部へ公開することはないのだ。

 だが病に倒れかけた王族、領主に施術した報償はかなりのもの。今やミニエ家の財産は青銅家にひけを取らなくなっている。


 ダスクは沈静作用のあるヘミナの抽出成分を投与された事で幾分か焦燥感を解消し、落ち着きを取り戻した。

「すまんの、少しは楽になったわい」

 ダスクは笑みを浮かべながら己の心の有り様を確かめるように頭を軽く振ってみせる。

 これから、ある重大な提言を行うことは決まっている。ダスクはその覚悟を決めるよう、深い深呼吸をした。


【捕捉】

1話から改稿し始めますのでその間投稿はお休みさせていただきます。

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