魔導師の事情

「耕太のお父さん、あれで大体どれくらい収穫したことになるんですか」

 拓斗はジャガイモの山を指さす。

「大体、二五〇トン位だね、この畑で五〇〇トンの収穫が見込まれてるから」

「一時間で戦車五台分ですか、結構な量ですね」

 拓斗はキャップをオリーブ色のキャップを脱ぎ、水を頭に振りかける。


 一時間程度で収穫が半分終わった、計算上では二五〇トンのジャガイモが掘り起こされたということになる。その間に農民達は何度か食事を取った、あの軍隊蟻を思わせる光景でだ。

 一時間で二五〇トン、この数字は耕助に魔導への畏怖を感じさせると同時にこの世界はトラクター抜きでも戦えるのでは無いかという希望が芽生えさせた。

 農民の集中運用と魔導による効率化は農作業ととても相性が良い、軍事力としてではなく生産手段と捉えればこの世界は飛躍的に『進化』するだろう。


 この手法を使える魔導師は何人いるのだろうか、コルとゴルムだけでは数が少なすぎる。

「ゴルムさん、コルさんの様に植物の成長を加速する魔導を使える人ってどれだけ居ますか」

「今はっきりとした答えは出ませんが少なくとも十人程は思い浮かびますね。他の地域でもこれと同様の植え付けを広めるおつもりで」

「ええ、そのための移民団でもあります。領地の隔たり無く広めなくてはジャガイモがこの世界に根付いたとはいえませんから。ところで何故全国に広めようとしているとお思いに、ダスクさんから説明は受けていないのですか」

「はい、到着したばかりですし、一下士官としては雲の上の軍神のお想いになるところ等計り知れませんので」

 ゴルムは寂しげに笑った。


「これでも私はダスク様に使えて長いのですが、未だにかの御仁を理解できていないのです」

「そう言うモノかもしれませんね」

 耕助はあくまで言葉を濁した。

 確かに彼から見ると殿上人に等しい存在なのかもしれない、老練の騎兵というだけで説明しきれない能力を彼は持ち合わせている。

 だが、きっとゴルムはダスクが耕助に語った苦悩を知らぬのだろう、部下に弱味はみせられないのだ。

 その弱味は即ち人間味にあふれるものだった、耕助からすれば多少偉くとも彼はあくまで人間の範疇に留まっている。

 だがそれを彼の部下に話す様なマネはしない。


 これ以上話をしていても、どこかダスクの秘密を暴露してしまうのではないかと思い話題を変えることにする。

「話がそれますが魔導師ってどうやってなるものなんですか」

「魔導師になる、ですか。魔導師にご興味がおありで? 」

 ゴルムが涼しげな顔で耕助を眺める。

「いえね、どんなものなのかなと気になりまして」

 どうもこの世界の魔導とやらは流派によってかなり違う組織形態らしいということは理解している。

 それにどこか宗教染みている、はっきりマダムがそうなったと告げるのは危険だと耕助は判断した、魔女狩りが無いとも限らない。


「これから魔導師になりたいのであれば残念ながら。大体は血統で適性が決まりますね。ほら領主の方々ってその嫡子が領地を相続しますが、能力もまた引き継ぐのです。単純な理由でしょう、でも時には例外もありまして」

 ゴルムがすっと顔を寄せる。

「突如、血統を遡っても魔導師とは繋がらない筈なのに魔導の力を得る人が生まれることが希にあるのです」

 耕助は息をのむ、マダムがそれか。

「そう言う人はどのような対応がなされるので」

「よっぽどの出自を持たない限りは通常の魔導師として扱われます。反乱分子、犯罪者に魔導を扱わせるのは危険でしょう」

 その『よっぽどの出自』に異世界人は入るのだろうか。

 次は機会をうかがいイムザに話をしてみよう、仮にマダムが危険分子に当たるとしても穏便に事を済ませてくれそうだからだ。


「しかし、血統で能力が左右されるのですか。どうも私らの世界からはどうもなじみが無いというか。いえ、コネやら二世、三世とかはあるんですけどね」

「魔導がそういうものですから仕方が無い、としか。より多くの人が魔導を使いこなせれば世界の発展は間違い無いでしょう。でも、そのおかげで魔導師の希少性が上がるので人間同士の全面的な争いは避けられてきたと私は考えているんですけどね」

 ゴルムは首を竦めて答える。

「双方魔導師を失いたくないから戦争をしないと。一見合理的です、でもその考えに基づくなら魔導をもっと生産業に特化させてもおかしくないのでは」

「戦争をしたくないという感情、決断と戦争が起こるということは全く別の事象ですから。やられた場合の報復措置を維持するのは当然の事でしょう」

「ははぁ」

 戦争の理論には一農協の課長である耕助はついて行けそうにもなかった。


 ゴルムは紙と、原始的な鉛筆のようなモノを取り出し何かを書き付けている。

「収穫が半分終わった所で上へ知らせろとダスク様のご命令でしてね」

 覗き込む耕助の姿に気が付いたゴルムは文章を見せる、翻訳食のおかげかこちらの世界の文字は耕助達でも読めるようになっていた。

 そういえば紙や鉛筆の発展は耕助の世界ではもう少し後の様な気がする。

 紙が大量生産されるのは技術的に言えばもっと後の筈だ、中世的な世界と言えば羊皮紙やペンのイメージがある。

「その紙と鉛筆って貴重品じゃないんですか」

「紙に関しては昔はそうだったらしいですが、魔導文を使用するようになって一大産業になりました、今じゃそれなりに普及していますよ。鉛筆はまだまだ貴重ですね、こんな屋外で筆をしたためるような場合でなければ使いませんよ」

 ゴルムは丁寧に鉛筆を雑嚢袋にしまい込んだ。


 必要に応じて発明が起こるという訳か。農業ではいささか劣っていた


「と言ってもまだまだ紙も鉛筆も軍用品ですからね、流通量が増えたと言っても使用者は限られます。あなた方の世界は紙も筆も流通しているようですが」

「ええ、紙は掃いて捨てるほどありますよ、品質も大きさも統一されていますし」

「それは素晴らしい」

 ゴルムは心底うらやましげにつぶやいたのであった

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