トーラ・イトウ

『若い男性労働者を各移民団ごとに供出すること』

 魔導文が送られた時、伊藤は魔導によって便所が作られる様子を見ている所だった。

 この仕事は人権の為の監視であると伊藤は心得ている、きちんと農奴の生活が顧みられているかどうか監視するのだ。

 無論、農奴の生活が軽んじられている場合はそれを農民の怒りの火種にするつもりだ。


「えー何々、今日中に五十人は労働者を集めろね、簡単に言ってくれちゃうじゃないの」

 伊藤の隣にいたブルが口をすぼめて文句を言う。

 確かに移民村が出来て間もない、農民には長距離の行軍を強いられた者もいる、体力の回復が必要だ。


 だが、伊藤にはそれ以上に衝撃的な事実が明らかになった。

「ブル、貴方文字読めるのかい」

 この世界の識字率はさほど高くないはずだ、ゴランの村にも学校があるという話はない。

「あぁ、俺の親父はちょっとばかし魔導が使えてね、魔導文を村人に伝える役目だったんだ」

 ゴランは遠くを見る目で空を眺める。

「で、文字を習ったと」

「そう、俺も小さいながら手伝ってね、文字の読み書きはなんとか出来る訳よ」

 ブルは鼻先を擦り、照れくさそうにした。


 農民でも魔導が使える者がいるのか、ならば農民革命への新たな戦力になる。

「ほう、お父上は魔導を使えるのか、今は何をしてらっしゃるのかな」

「親父は農民に影響力があるだろうって理由だけで領主に殺されちまった。八つ裂きだよ、よくあるひでぇ話さ」

 伊藤はブルの感情が僅かに揺らめいたのを感じた。この父親を殺されたという話はあながち作り話ではなさそうだ。

 文字が読める、即ち密偵の可能性を最初に疑ったが、どうやら事は違うらしい。


 ブルを伊藤は人気の無いところへと呼び出す。

「君は領主に怒っていないのかい」

「無論怒ってるさ、反吐がでるよ。でも、それをあからさまにしたら親父の二の舞だ」

 ブルは地面につばを吐く。

「そうか、賢い、いや理性的な選択だ。だけども、それが変わる時が来る」

「なにが変わるって言うんだ、一揆でも起こす気か」

「いや違う」

 伊藤は空に上る太陽を眺める。

「革命だ」


 伊藤はブルを加えた若い男達を連れ立ってジャガイモ荘園へと向かう。

 (いささか自分が性急すぎた)

 伊藤はブルに革命について話したことを後悔した、がもう遅い。

 おそらく世界に革命という概念は存在しない、段階的に革命について話しても問題なかろう。

 否、段階的に話すことで彼をオルグできるか確かめることができるのだ。異世界では初めてのオルグだ、無論緊張する。

 ブルが密偵だったときは粛正すればいい、そうするほか無い。


 何故ブルを最初のオルグ対象者にしたのかは殆ど勘に頼っていると言ってもいい。

 だが、この歳になるまでゲリラを続ける上で勘はおおいに役だった。

 合理的な理由は彼が文字を読めるという点だろう、読み書きは思想伝播の根本となる それにどうしてもあの父親を殺された話と、彼の目が真実を語っていた気がする。


「この前、初めて会ったとき私は身分の無い社会があると言ったのを覚えているかい」

 伊藤は隣を歩くブルにまるで世間話のように尋ねる。

「ああ、だがあれはどういう意味だ。領主や貴族がいなけりゃ誰が政をやるって言うんだ」

 ブルは伊藤を疑ってかかっている、それもそうだ市民政治すら無い社会では当然だ。

「人民が、だよ。全ての人々が政治に参画するんだ」

「人民・・・・・・なんだそりゃ」

「全ての人々だ、平等なんだ貴族も、農奴も、国王もいない」

「貴族どころか国王もいないのか、どうやって物事が決まる」

「議会だよ、人民が平等に与えられた権利として議論し、物事が決まるんだよ」


 伊藤は当然のことながらプロレタリア独裁や、大量粛正を語らない。あくまで理想論の、その上社会主義の発展段階を無視した持論を展開する。

 だが、そういった込み入った話は必要ない、むしろ加えることで革命を市民革命の段階に陥れる恐れがある。

 今次革命の力の根源はジャガイモによる生産力の向上、即ち農奴にある。

 そして、魔王軍とも、王国とも戦争をしなくてはならない、だから農兵、徴兵軍のオルグは必要不可欠だ。

 農奴による農民革命こそが目指すべき方向だ。


「それで、平等ってのはどういう意味なんだ」

「皆、等しい権利と義務を有するという意味だよ。貴族だから偉いとか、農奴だから卑しいとかそういうことが無くなる」

「こんな俺でもか」

 ブルは両手を広げて見せた、そこには丸い刻印が刻まれている、かなり古いものの様だ。

「これは、どういう意味だい」

「親父が処刑された時、俺も連座で刑を受けた。これは領主に刃向かったことを意味する焼き印だ。一生変わらない、反逆者の証だ。こんな俺でも、平等か」

 この司法制度はまるで中世の魔女裁判と一緒だ。

「無論、平等だ。焼き印を付けられた事で刑は済んでいるだろう。それにその裁判は僕の言っている社会では正しいものではない」

「そうか、俺も平等、か・・・・・・」

 ブルは己の手をじっと眺める、きっとこの刻印で苦しめられてきたに違いない。


「なぁ、平等な裁判ってどういうもんなんだ」

 本当は自由について語りたい、が気持ちをぐっとこらえる。

 ここはブルの気持ちに寄り添い、彼を協力者にすることが戦術的に正しい選択だからだ。

「人民が決めた法律の下、平等に裁かれる裁判だよ。権力者が人民を縛る為のものじゃない」

「じゃあ、夜盗やらその『人民』に悪さする奴は裁かれるけど、領主の気分で裁かれるものじゃないってことか」

 案外理解力も高いようだ、これはオルグのしがいがある。

「そう、その通りだ。裁判は人々を守る為のモノに生まれ変わるんだ」


「そして自由というものまた、平等と同じく重要なんだ」

 勿体ぶった言い方で伊藤は説明を始める。

「自由、それは一体なんだ」

「己の意思で行動を、心を決められることだ」

「よくわからねぇな」

「農奴は暴力で土地に縛り付けられているだろう。だが、それを解き放たれれば・・・・・・」

「好きな所で農業が出来る、か」

「農業だけじゃない、町人になってもいい。残念ながら僕はこの世界の町人に会ったことがないが」


「だが、その自由って言っても限界があるだろう、さっきの話じゃ法律もあるしよ。それに町人だけが増えたら誰が飯を作るって言うんだ」

 この質問、ついさっき自由の概念を知ったとは思えない吸収力だ。伊藤はブルとの出会いに感謝したくなった、彼はきっとオルグの対象にふさわしい。

「その限界は人民が計画し、実践する。人民が決めるんだよ」

「つまり自由ってものに限界はあるが、それは王や貴族に一方的に決められないって事か」

「そう、正にそうだ。一方的ではないというのが非常に重要なんだ」


「その自由と平等を作りだすのが革命か。まるで人々を鎖から解放するかのようだ」

「正に、解放するのだ。革命は解放軍を作り、権力構造と戦い自由と平等を勝ち取る」

 ブルが一歩先に伊藤の前に立ちはだかる。

「教えてくれ、秀一。どうすれば革命を勝ち取れる」

「遍く人民が立ち上がることだ。革命の敵は多い、王国、貴族、魔王軍もいる。より多くの人民は立ち上がらなければならない」

「まるでお話にならないな、今は人民が分断されている」


「革命を諦めるか」

 伊藤は直ぐさまブルを粛正する必要性について考え始めた。今までの発言を領主に告発されるだけでも伊藤は縛り首だろう。

「いいや、どうせこのままなら俺は咎無き罪人だ。一つ話に乗らせてもらいたい」

「そうか、ありがとう、ブル。私も実はこの世界に怒りを覚える同志だ」

 伊藤が枯れた手を差し出すとブルは痩せてはいるがしっかりとした手で握りかえした。


「ブルってのはなんかむずがゆい。トーラって呼んでくれ」

「それは名字かい」

「そんな大層なモノ俺は持ち合わせちゃいねぇ。コッチの言葉で『お前』って意味だ、伊藤もそれでいいか」


(チェ・ゲバラの『チェ』、だ)

 伊藤は運命めいたモノを感じざるを得なかった。

「かまわないよ、僕もトーラでいい。さぁ、行こうトーラ。貴族が我々解放軍の到着をお待ちかねだ。いいかい、まずは普通に生活することだ。決して革命の事は悟られてはならないよ、僕以外の人間には話さないこと」

「そうだった、俺達は賦役に行く途中だったか。無論革命については他言無用でやらせてもらうよトーラ・イトウ」

 たった二人の解放軍は農道をまっすぐに歩き始めた。

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