新たなる魔導師
村々が建設され始めると、耕助が直接農業に関わる機会は減っていった。
伊藤が農民達を農業指導役としてまとめあげた、各領地から来た農民の長を束ねている。
そしてネズミ講の形態で農民にもジャガイモを配布することで間接統治を行っている。
つまり耕助は少しずつではあるが、異世界に来たときよりは暇になっていた。ほんの僅かではあるが、それがダスクの言葉とともに耕助に余裕を取り戻させていた。
だが、この繁忙期に暇なのは農協職員として癪に障る、耕助のプライドが許さないのだ。結局、耕助は渡、拓斗、藤井と共に移民村をつきぬけ農場へと向かうことにした。
群衆に取り囲まれる事態も危惧された為、電気自動車の村への乗り入れは禁止されていた。
だが、ここ数日の調査からその手の心配は不要だろうという意見が上がってきた。
その主張は伊藤が行っている。
彼曰く、「農民は私の自転車すら盗ろうとしない、安全だよ」とのこと。
その主張が今回、実地で試されるというわけだ。
それに第一次収穫も始まる時期、今日の快晴は時間加速に持ってこいの条件だ。
だから藤井をつれて、加速に十分な条件、即ち芽かき、土寄せがうまくいっているか確認しにいかなければならない。
「どうも、食いっぱぐれた農民を押しつけられた様だね、これじゃ難民だよ」
藤井は窓の外の農民を眺めながらつぶやく。
「正にその通りらしいですよ、強制移民だそうで」
サバイバルゲーム用の戦闘服に身を包んだ拓斗が補足する。
藤井はその言葉になにか憤然としたものを覚えたようだ、僅かに気色ばむ。
だが彼はそれ以上、口にしない。
初めて自動車を見る農民達の目は好奇心と、どこか畏怖めいたものがない交ぜだ。それにしても皆痩せ衰えて、小汚い印象を受ける、ゴラン達と比べてもだ。
むしろ農民というより乞食に近い印象を受ける。
彼らは大鍋で煮られたジャガイモに群がっている、列もへったくれもない野放図だ。 その一団に耕助はクラクションを鳴らすと、彼らは驚き飛び退いた。
彼ら移民団の食事は木の皮だったという情報が上がってきている、北朝鮮と殆ど同じだ。
それが群れをなして一カ所へと集まっているのだ、その雰囲気は自然と独特になる。
だから藤井の難民という例えは当たらずとも遠からずと言えるのだ。
耕助は緊張しながらハンドルを握る、この難民の群れを通り過ぎなければならないのはプレッシャーだ。
「耕さん、そんなに緊張しなくてもいいですよ、多分。」
渡は適当な言葉を耕助にかける、なんとも無責任な言葉だ。
何なら渡に運転を代わってもらいたい。
警察、自衛隊、ハンターからなるS町自警団はこの移民団への知識を蓄えつつある。
彼らの仕事には治安に関する情報収集が含められているからだ。といっても、その情報源は伊藤であることが多い。
彼が先手を切ってこの移民団と折衝している、一団一団丁寧に、だ。
その熱の入れようは少しばかり異常だ、人権云々に拘るタイプの人間なのかもしれない。
耕助はふと、彼が日教組かなにか政治団体で活動していたのではと思い浮かんだ。
耕助は移民団の中にまだ子供が居るのを見つけた。
彼は耕助の方をにらみつけ、やがてジャガイモ給付の群衆の中へと消えていった。
「おい、労働力だけ寄越すって話じゃないのか。子供まで居るぞ」
「もうそんな話、とっくに崩壊していますよ。最高齢はえーと五十六歳でしたっけ」
国民皆保険もない異世界の五十六歳はかなりの高齢だと考えていいだろう。
耕助一行も異世界の常識には徐々になれつつあった。
拓斗がスポーツサングラスをかけながら、外を眺める。
「流石に子供に労働をさせるのは俺としちゃ反対だがね」
藤井が不満そうにつぶやく。
「でも子供でもここで働けば、ジャガイモを育てる能力は獲得できる訳ですよね。おそらく学校制度のない農民であれば、それが今のとこベストな職業訓練じゃないですか」
渡は珍しく冴えた意見を出す。
「確かに、戦争中で容易には身分は変えられないだろうし、教育も後回しだろうね。彼らを一丁前の農家に育てるのも悪い話じゃないな」
耕助はそう言っている間にも四人目の子供を見つけだした。
やはりこれは農業移民団などではなく、口減らしか難民だ。
漸く、自動車が掘っ立て村を超えた。
「よし、抜けた。もう安全です、農場まで駆け抜けましょう」
拓斗が後ろを振り返り確認する。
駆け抜ける、といっても轍だから速度を急にあげる事は出来ない。だが、徐行よりは速度を出す余裕は生まれた。
農地へと着く、一面にはジャガイモの葉が茂っていた。
「これなら収穫までうまくいけるべか」
藤井が車を降り畑に駆け寄る、畑を警護する兵士達も異世界人は顔パスだ。
この土地を開拓して一週間、前回の試験農地の一日と比べ時間がかかっている。
農地が拡大した分、芽かき土寄せに時間が必要だからだ。
「耕ちゃん、これならどうだべ。芽かきもうまくいってるだろ」
満足げに藤井は振り返る、確かにこれなら時間加速をしても問題なさそうだ確かに芽かきはうまくいっている、藤井の指導あってこそだ。
「じゃあ今日のうちにでも時間加速で収穫までいっちゃいましょう」
「だべな」
耕助はコルを呼ぶため野営陣地に向かう、残りのメンバーも後からついてきた。
耕助が野営にいる兵士にコルを呼ぶよう頼むと、彼はいずこへとすっ飛んでいった。
コルは現在、メイドとして働いていないと聞いている。余計な事で体力を消耗するのを防ぐ目的らしい。だから彼女もすぐにでもやってくる筈だ。
今回の収穫は大規模なものになるだろう、おおよそ五百トンの芋を人力で掘り出す。
耕助が体験したことのない、未知の作業だ。
無論他の農家も未体験、成功か失敗かどっちに転ぶかはわからない。
だが、ここを制することなくジャガイモの定着はなしえない。この分水嶺を意地でも成功させなければならないのだ。
「どうする耕ちゃん、あの移民もつかって農作業するかね」
藤井が周囲を見渡しながら耕助に問う。
正直、この問題は耕助も悩みの種である。耕助は藤井に答えるより先にタバコを取り出し、火をつける。
耕助は収穫に移民団を立ち会わせるのは時期尚早だと思う。
まだ住環境が整っていない状況で農作業に立ち会わせるのは少々無理があろう。
それにジャガイモの供給が始まったとは言え、十分な食事は行き渡っていない。そうなるとジャガイモ泥棒が必然的に生まれることになる。
だがその代償は死刑だ、そうなれば我々日本組もいい気持ちがしない。
だが、ゴラン達が率いる農民だけでは労働力が足りないのも事実である。
「移民団の投入は一部の若い男に限りましょう、正直今移民団を動かすには環境が整っていません」
藤井は軽く頷き返す。
「だべな、飢えを解消するのにまた農民が飢えたら意味ねぇもんな」
「労働者は食事の量を増やしましょう、ジャガイモ泥棒も減るでしょうし」
「種芋に回す分も考えると、そうする他ないわな」
結局ここら辺が『落としどころ』になるのだ。
『若い男性労働者を各移民団ごとに供出すること』
魔導文を書くとそばにいた従兵に渡す。
遠くに騎兵が見える、此方へ向かって一直線の全力疾走だ。
「あれ、コルちゃんじゃないですか」
渡は帽子のひさしの角度を調整しながら確かめる。
確かにコルが同乗者の背中に必死にしがみついている。コルだと一目でわかったのは緑髪が目立つからだろう。
「お、お呼びを受け参上つかまつりました」
騎馬のスピードからか、コルは肩で息をして、眼を回している。
その騎馬を操っていた騎兵はひらりとフヌバから飛び降りると一行にお辞儀する。
「私、ダスク様の家臣にして加速魔導の使い手、ゴルムと申します。以降お見知りおきを」
ゴルムは中性的な顔立ちにやや幼さが残る金髪碧眼、なかなかの美青年である。
「くっそーイケメンめ」
渡が誰となく悪態をつく。
(お前がイケメンに嫉妬する必要もあるまいに)
加速魔導か、農業に有益なのは間違いない。
それにダスクの家臣であれば今次『ジャガイモ戦争』においても士気は高かかろう。ダスクによれば加速魔導は速度を重視する騎兵と相性がいいらしい。
確かに素人考えでも、きっとこの二者の相性がいいだろうことはすぐに思い浮かぶ。
だが、問題なのはどの手の魔導を使うか、だ。
魔導といってもその顕現の仕方は十人十色らしい。
「ゴルムさんはどのような加速魔導の使い手で」
「私は主に友軍の速度を速めていました」
甘めのフェイスながらゴルムはハキハキと返事をする、拓斗と同じ軍人の口調だ。
「なら、農民の速度を速める方が向いていますかね」
「はい、恐らく植物の成長加速には向かないでしょう。作業効率を上げるという意味では農民の加速は選択肢に入りますが、その分必要な食料も増えます」
単刀直入、かつ必要な情報を上げてくれる、このゴルムはなかなかに優秀そうだ。
「なら話は早い、これからコルさんの能力で一気にこの畑のジャガイモを実らせます。その収穫作業をゴルムさんが加速させてください」
「承知しました」
「了解しました」
二人は声をそろえ快諾する。
が、耕助にはどうも違和感がある。
「ゴルムさん、騎兵ですよね。農業に関わるのって正直嫌なんじゃないですか」
「今次大戦の雌雄を決する切り札となれるなら騎兵でも乞食でも任務を完遂する所存です」
その表情に迷いはないように思える、なかなかの逸材だ。ダスクはいい部下をもっている。
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