芋がゆ
魔導文を送ってから二時間も経たない内に農民達は畑の前に集結していた。
新しい土地に来てまだ間もないというのにここまで早く集まるものなのか。
きっと食事につられたのだろう、今農民に配給されている食事はスミナの粥にドロドロになるまで煮込んだジャガイモを加えたものだ。
これは均等に配る為の仕方の無い処置である、本当は丸々一個焼き芋、ふかし芋を提供したい、が一個一個調理するとなると料理の手間がかかる。
だが今回農作業に従事する農民にはジャガイモをそのままの形で配給することにした。
人数も少ないから調理も楽だし、何より腹持ちもいい。
農民への給仕はジュセリが率いる兵士達が行っている、食事を巡って諍いが起きないようにということらしい。
だが兵士達の数が足りず、農民に列を作らせようとしないので効率が悪い。
「おい、並べ、並べ。そっちの方が早く飯にありつけるぞ」
若い男の声が響く、何度か男が叫んだ後農民達は漸く列を作り始めた。
きちんと列に並ぶのは日本人の美徳なんて言われているが、異世界ではどうなのだろうか。
すこし気になり、その男を捜すと直ぐにわかった。
伊藤の隣で列を作らせ、横入りを防いでいる若い男がいたからだ、きっと彼だろう。
どうも伊藤とは浅からぬ仲の様だ。
「伊藤さん、どうも。彼は? なかなかに統率してくれているようですけど」
振り向いた伊藤の顔にはどことなく満足げな笑顔が浮かんでいた。
「ああ、ブルの事ね。彼は一つの村の臨時村長なんだけど中々に良く働いてくれてね」
伊藤はブルを引き寄せると、耕助に紹介した。
「こちら農協の鈴石耕助さん、僕たちの世界の人間のリーダーだ」
「どうも、俺はブルだ、よろしく」
丁寧とは言えない言葉遣いの割に、案外親近感の沸く人物だ。それに何より若いというのが嬉しい、若者の持つエネルギーはこれからの事業に必須だ。
だが少し待て、若手は徴兵されているのではないか。
「ブルさん、君は若いけど徴兵されなかったのかい」
「あーっとそれは・・・・・・」
ブルの顔が少し陰る、何があるというのだろう、後ろ暗い事だろうか。
「嗚呼、彼の父は少し領主と不仲でね、ほら魔女狩りみたいなモノの被害者なんだよ」
伊藤が割って入ってくる。
「魔女狩りって中世のアレですか」
多少歴史ドキュメンタリーをたしなむ程度の耕助でもその悪辣さは聞き及んでいる。
無実を有罪に、そしてその刑罰は重刑が多いと聞く。
「そうそう。ほら、ブル、手のひらを見せて」
ブルは手のひらを見せるとそこには丸い焼き印がしてあった、これがその罰か。
「これが罪人の印なんだけど、無実の罪って奴だ。だが塞翁が馬、罪人だから晴れて徴兵免除だ」
「ははぁ、ま、一言にまとめるならこちらの世界の都合、というやつですね。それなら実際の所彼の素行に問題はないと。疑って悪かったね、ブル」
耕助は帽子を脱いで頭を下げる、
「そう、その通り。そう、過去はたいした問題じゃ無い。むしろ彼は協力的だから助かるよ」
伊藤の言葉にブルは照れくさそうに首を振る。
伊藤が言うからにはブルは信頼に足る人物なのだろう、何せ今や彼は異世界の農民と最も関わりを持っている人物の一人だ。
「それで今回の作業の命令、いきなり過ぎないかと思うんだけど、皆体力がもつかな」
伊藤はいかにも不安げに配給を待つ行列を眺める。
「大丈夫ですよ、今し方新しい魔導師が到着しました。騎兵の時間加速が得意だそうですが、それを逆手にとって休憩時間を加速すれば・・・・・・」
「なるほど、体感時間は長く休める訳だ。それに作業も加速する訳だね」
「そう言うことです、元々は行軍の速度や戦闘を加速する使い方だったらしいですけどね」
耕助はタバコを取り出し火をつける、試しにブルに勧めるとありがたそうに飛びついた。
中々素直そうな青年だ。
そろそろメビウスは切れると沢村が言っていた、だがGSでタバコを取り扱っているから他の銘柄にすればまだストックはある。
貴重な一本を吸いながら、耕助は二人と共に農民達が食事を終えるのを眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます