秘密の戦争

 倉田と拓斗はそれぞれショットガンとライフルを背負い、S町の外を巡回している。倉田は時折煙草をふかす。


 S町外側では急速に移民団の村が建ち始めた。今日で総勢四百人からなる移民団が総べて到着することになっている。だが、その実態はより多いであろうことは皮肉にも伊藤からの報告で予測済みだ。倉田と伊藤の間に情報交換が慣わしとなっていた。紳士協定の効力である。


 移民村の設立はあまりにもスピードが早く全貌を把握仕切れていない。だから今回の巡回はどちらかというと治安維持ではなく、村の偵察が目的だ。


 一つの村には五十人近い人間が押し込められている。

 最初こそテント暮らしだったが、最近では粗末な小屋が建ち始めた。それでも未だ漆喰が塗られていない、生活水準もゴラン達先住農民達より下だと聞く。

 ゴラン達は村に温泉をひいて、井戸もある。だがこの即席村にはそれがない。当然人間の汗や土の匂いが立ちこめる、それに糞便の匂いもだ。

 それぞれの家の前には小さくジャガイモ畑を再現した畝が作られている。

 これは農民が自主的に育てるジャガイモ畑でもあり、また実習用の模型であるとも聞いていた。


「なんか、凄いことにになりましたね。こんな短期間で人って集まるモノなんすね」

 拓斗が静かに感嘆の声を漏らす。

「そうだな、流石貴族サマと言ったところだ。しかし軍隊の動員もなしに強制移民とはな」

 倉田も正直感心している、強制移民はきっと元来暴力が必要なはずだ。ネイティブアメリカンにせよ、ホロコーストにせよ強制的な移民には暴力が伴った。


「移動中の飯を持たせなかったらしいですよ、チェックポイントごとに転移魔導で送るとか。酷い話ですよ」

 拓斗が若干の怒りをにじませた口調で呟く。

(確かにその手はあるな、軍隊を使わぬ強制措置もあるだろう)


 村の中へと進んでいく、倉田と拓斗に対して移民たちはあまり警戒心はないようだ。

 当然だ、彼らは銃の威力を知らない、無論これは『知らない方がいい』話だ。

 彼らは紺の制服を着た倉田と、迷彩服のレプリカを着た拓斗を珍品を見るように眺める。

 イムザの軍隊には恐れをなすが、倉田と拓斗にはそうした反応がない。


 だが、逆にイムザの軍は殊、移民団を恐れているように感じる。おそらく一揆が怖いのだ、今はイムザに忠誠心のない、多くの農民が集まっている。

 ほぼ難民のような移民団達には後がない、つまり恐れるものがない。

 だがそのうち優秀な魔導師が集まる事になっている、それまでの辛抱だ。そうすれば移民の数的圧倒も霧消する。


「よし、それじゃ共同便所を作ろう。屎尿はきちんと処理すれば肥料になるんだ」

 聞き慣れた声がする、伊藤の声だ。倉田は声の主を探す、思った通り伊藤が農民達を前に講釈をしていた。

「伊藤さんちょっといいですか」

 倉田はあくまで『表向き』の顔で伊藤を呼び出す。

「どうしたんです、ちょっとまってておくれよ」

 伊藤は農民達に手を振り、倉田の方へと向かってくる。


「ここら辺はまだ治安が確立されていない、無闇に立ち寄らない方がいい」

 倉田は伊藤に耳打ちする、移民蔑視ともとられる発言だ。彼らに聞かれないほうがいいだろう。


 それにこの話は別に伊藤だからするのではない、治安が確立されていない場所に邦人を野放しにするのは『警官』として許せない行為であるという前提に立った『演技』だ。

 革命闘士たる伊藤がこの地で活動することには倉田は何ら問題意識を持っていない。

「いや、違う。治安なんてものは僕らが築きあげるものだろう。生活水準を上げれば犯罪も減る、違うかい」

 伊藤も表向きの顔で答える、そばには拓斗がいるからだ。

「それはそれ、これはこれです。何かあったら取り返しがつかないでしょう」

「なるほどね、でも彼らは困窮している。それに」

 伊藤はより一層倉田に近づき、倉田にしか聞こえない声でささやく。

「これはオルグだ、邪魔しないでほしいね」

「嗚呼、それは失礼、ではご健闘を」

 倉田は敬礼してみせた、拓斗は何を話していたか想像も出来ないだろう。


 伊藤は満足げに頷き、再び農民の輪に加わる。

「よし、それじゃあ便所を作ろう。ちょっと誰かに魔導師を呼んできてもらおう」

「拓斗君、偵察を続けよう」

 倉田は村の先を顎で示した。

「今なんて言っていたんですか」

 拓斗は不思議そうに倉田に尋ねる、この質問は想定済みだ。

「ちょっとイイ女がいたんだとさ、全く信じられないな」

「はぁ、あんな歳とっていても。男って単純な生き物ですね」

 倉田は意味ありげに頷いてみせた、コレも演技だ。

「性欲ってのはいつまで衰えないものさ、彼の名誉のためにも黙っておこう」

「はぁ」

 拓斗は気の無い返事をする。


 ――しかし、オルグか、確かに協定に則れば農民へのオルグを妨げることはできない。

 だが、便所作りがオルグだとはなかなかに地道、草の根活動だ。

 きっと生活水準の向上を率先して図り、農民達からの信頼を獲得するつもりだろう。 だが、それ以上の目的があるように思えてならない。

 草の根慈善活動はあまりにも非効率的だからだ、何が目的だ。


 倉田はそんな事を考えていると村の外れまで到達していた、この村がS町に一番近い。

 本来ならば、他の村も巡回するつもりだったが、徒歩では少し遠い。S町の外側は未舗装、自転車もMTBマウンテンバイクなら容易だろう。

 が、確か佐藤巡査部長は趣味でMTBを持っている、治安が確立されれば一人の自転車警邏もありだ。

「引き返すか」

「そうしましょうか、この先はまた後日で」

 拓斗もあまり気乗りしないらしい、次の村まで片道五キロはありそうだ。


 倉田と拓斗は今来た道を引き返す。

「しかし、この数を賄いきれるんですか、ジャガイモ畑だけで」

 拓斗は村を眺めながら倉田に問いかける。

「農業に関しては門外漢だが、問題なさそうだ。魔導の威力は凄まじいぞ」

 倉田は試験農地でその威力を実際に目の当たりにした。

「やっぱりアヴァマルタといいこの世界は魔導ありき、なんですかね」

「そうだな」


 引き返す道中で芋を煮ている一団に遭遇した。

 かなり貧相な身なりだ。性器を隠しているだけの一団である。この世界に来て最初に見た麻袋に穴を開けたようなヘルサの大魔導服ももう少しましだった。

 芋を煮ているのはアノン家の兵士だ、きっと強奪を警戒しているのだろう。

 だが移民は群れを成して、なかなか列を作れていない。それを相手にアノン家の兵士は四苦八苦しているようだ。

「これじゃ配給制度もままならないですね、どうします」

「本来の職務じゃないが援護するか」

 倉田は兵士に駆け寄り、助力を申し出るとすぐに快諾を受けた。


 芋はグチャグチャになった固形に近いポタージュになっていた。確かに一個一個大きさの違う芋を一個一個配るより比較的公平であると言える。

 それをカレー皿程度の大きさの器に一杯分ずつ配る。その統制を拓斗と倉田は淡々とこなす、順番に列を作り並ばせる。その農民の姿はまるで食料に縛られた奴隷だ。

 伊藤は『うまく』やれば反乱は起こせるだろう、きっと不満を持った農民は大勢いる。

 だがそれを『革命』まで昇華できるか、それが肝だ。

 俺が奴ならどうするか。

 倉田は一人、秘密の戦争を愉しみながら農民達を並ばせ続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る