ダスクの癒やし

(心の癒やしか…… )

 耕助には、この異世界の常識としてメンタルヘルスを重視するとは到底思えない。それに、そんな言葉が聖職者や医師から出るのではなく、軍人から出るとは。


「なに、前線におらなくとも死んだ兵の数は報告される、どれだけの兵が飢えているかも手に取るかのようにわかる。ワシにはそれがどうもここの所堪えてな。夜も眠れん」

 ドアがノックされる。

「今の話は内密にな。入れ」


 一礼したリンタが黄金のティーポットをもって入室する。

「給仕にあいそは伝えたか」

「はい、確かに」

「そうか、ならばよい」

 リンタは二人に茶を注いで回った。

 彼女の声は高くも落ち着いていて、耕助にどこか心地よい響きだった。

「ところでコレはなんていうお茶ですか」

「これは庭園で育つミへナという木の物です、落ち着く薬効が御座います」

 リンタは一礼すると部屋を出る。


 リンタの退出をよくよく見届けたグンズが話し出す。

「ワシの悩みなぞメイドに聞かれると、少々やっかいだからな」

 軍神はどこでも軍神であらねばならぬ、その心労はどれほどのモノなのだろうか。

「そういうものかもしれませんね」

「今日初めてようやく理解してくれたようだな、はっはっは」

 軍神は、ようやく人らしく笑って見せた。

「なあ、鈴石。お前も吐き出してみせよ、気が楽になるぞ」

 グンズは茶をすすり、微笑んだ。


「こう言っては失礼かもしれませんがダスクさんがこの手の話題をなさるとは意外でした」

「まあな。兵士とは戦場では時に蛮勇を求められるが、兵士とて常に戦場にある訳ではない」

「確かにそうですね」

 日本の自衛隊なんて軍隊なのに、コレまで戦った事が無い。


 耕助はリンゴのような香りのする茶を一口含む、どこか安心感のある味だ。

「従って、部下の、兵士の心をつかむには蛮勇のみならず様々な手管が必要な訳だ」

「それで、こんなメンタルケアのような」

「メンタルケアか、その言葉の含意と合致する。元々ワシの母が気の病に効く医療魔導の家系の出だったのもあるのやもしれん。元々はそれを次いで魔導師になるつもりだったしの。最初は騎兵になるものかと反抗もした」

 ダスクは笑って見せた。

「ほら、話せ話せ。話して気をはらせ」


 まず思いやられるのが三智枝だ、異世界と現世に分断されている。初めこそ、その実感がなかったがここに来て漸くその日常を思い出してきた。

 だが、他のS町一行も同様に妻をおいてきた、自分だけの問題ではない。それを愚痴っても仕方ないと胸の中に押し込んでいた。

 しかし、やはりどこか吐き出したい気持ちだけが胸の中を渦巻いていた。耕太の変化もある。

(確かに異世界人のダスクなら、耕助のS町リーダーという立場を気にせず話せそうだ)


「妻を、現世に置いてきまして・・・・・・。最近ですね、今一緒に居たいな、とか思ったりして」

「妻か、そうさなぁ。ワシにはお前さん方の価値観がわからんが、置いてきてよかったのではないか。こんな状況の全くの別天地に奥方を連れてくるのは不安だろう」

「それはそうなんです、日本の方が安全だし。でも、帰るまでにどれだけ時間がかかるのか、帰った時どう顔を合わせたらいいのか。そうだ、耕太もゴブリンと戦ってから少し変わった様だし、どう説明すればいいか・・・・・・」

 ゴランは訳知り顔を作らず、ただ頷いている。無条件の言葉を聞き入ってくれている。そのことが信頼感を生む。


「そうです、耕太です。耕太があんないきなり真顔で鉄砲もって訓練し初めて、ここは安全地帯な筈でしょう。何をゴブリンとの戦いで見て来たかは聞いてますけど、それで人間変わるものなんですか」

「そうさなぁ。初陣か、初陣で人間変わるものぞ。鈴石、お前も変わるかもしらん」

 ダスクは優しく、それでいて彼なりの言葉で現実を突きつける。だが、それがどこかすんなりと落ちるのも確かだ。


「そもそも、初陣って異世界です。私のいた国には初陣なんてなかった」

 グンズはしばし、黙りこむ。

「だが、男の子たるもの、なにがしかで『初陣』はあるじゃろ。それでは答えにならんな。うーむ、ワシも領主であり、また軍人だからの。鈴石の国のように平和がずっと続くなぞ考えなんだ」

 ダスクの言葉はまっすぐだ、嘘はない。

「だが、奥方に説明するのはお主だけじゃない、耕太もそうじゃ。鈴石の悩みは親子、夫婦の問題に別けられる。家族の問題であるから一人で気負いすぎるな。時間が問題を解決することもある。細君と息子をもうちっと信頼してみたらどうかな」

「そう・・・・・・ですね。確かに私が気負いすぎてた所は否定できません」

 これは異世界人生相談とでも言うべきか。落ち着く茶の効能もあるのか、ここに来たときより少しばかり落ち着いた心持ちになった。


 ダスクに対して、感謝の情がわいた。異世界に来て、誰かに感謝するのは初めてかも知れない。

(お礼がわりにダスクの悩み事を聞いてみるか)

「ところでダスクさん、前線を考えると寝られないとおっしゃっていましたけど大丈夫なんですか」

「まぁ、四日は寝てない。寝付きは悪くないんじゃがのう」

 確かに、老け込んでいる以上にどこか疲れを感じさせる表情だ。若者ならともかく、老人に徹夜は無理だろう。


「この世界、眠り薬ってないんですか」

「あるにはある。が、ほれ医者にかかれば、それだけで軍神からまた離れてしまう」

 ダスクは一層やつれた顔。軍神でいる事は想像以上の困難が待ち受けているのだろう。耕助は一人間いちにんげんとして、ダスクに同情した。

「それは逆手にとりましょう、戦場に出てないから落ち着かないとでも言えば勇ましく聞こえます」

「確かに、その手があったか。やはり睡眠は重要だな、こんな簡単な事も思いつかなんて」

「サラさんに頼みましょう、彼女なら何か知ってそうですし」

「そうさな、そうしよう」

 ダスクは珍しく力なく頷く。


「このことは内密にな、士気に関わる」

「ええ、もちろんです。日本に帰れる時が来たら、耕太の相談をよろしくお願いします」

「ああ、無論だ。お主らが早く帰れる日を祈ってるぞ」

 ダスクはベッドから立ち上がり、椅子に座る。

「ありがとうございます、ではこの辺で失礼します」

 耕助はダスクに一礼する、軍神ではなく、一人の人間として。

「おおいリンタ、鈴石殿がお帰りじゃ。あとサラというメイドを呼べい」

「畏まりました」

 リンタがドアを開いてくれた。

「ではまた」

「うむ」

 耕助はどこか落ち着いた気持ちで部屋の外に出た。ダスクの懐のふかさが耕助を癒した。

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