ジャガイモ前哨基地
ジャガイモ畑につくと畝が延々と続く畑が開けていた。
まだ植え付けまでしか完成していない。加速栽培までは行っていないか、当然だ。そこまでの時間はなかったしコルの魔導も使っていない。土寄せ、芽かきの作業もある。
それに昨日一日で植え付けが終わっただけでもなかなかいい線いっていると思う。
だが、これら作業さえ終わってしまえば、話は単純になる。その日の天候次第で即日収穫が可能になるのは試験農地で証明済み。だからコルの能力は非常に有益なのだ、がそれには限界があるとイムザが説明していた。
魔導とは空気中のエネルギーを肉体を媒介にして放つ力らしい。
幼い彼女の肉体では限界がある、それがイムザの弁だ。
畑の真ん中に小さな物見やぐらとテントが幾つか作られていた。
電気自動車で乗り付けた耕助、ぺスタ、イムザ、ダスクを一人の兵士が出迎えた。
「道中お疲れさまでした」
兵士は頭に手を乗せ、腰を折る。
「コルはどこにいる」
イムザが兵士に問う。
「は、今は前線指揮所に。ご案内します」
農業なのに、指揮所とは物々しいネーミングだ。
「それとスズイシ殿から手配されていた厠の用意が全家屋で整いました」
道すがら兵士が説明する、現世組の庭に穴を掘りボットントイレを作って貰うよう手配していた。
耕助宅ではすでに完成されていた、きちんと漆喰を塗った即席とは思えぬ出来映えだった。
全宅か、深さも必要なはずだが結構手早い作業だ。
「案外早いですね」
「穴を掘るのは転移魔導を使いました。射撃場、ですか、それの盛り土に使いましたし」
成る程、土の行き先は射撃場の盛り土か。
「後は、汲み取りの人間の決定と――」
口から出た耕助は言葉を引っ込める。
ここはバキュームカーの必要な場所でもない、ましてや人力の江戸時代ですらない、この世界には転移魔導があるのだ。
「失礼、転移魔導がありましたね、そっちの方がよほど衛生的か。あとは肥溜めです」
ボットントイレと肥溜めは似て非なるもの。ボットントイレは用を足せればそれですむ、が肥だめはそれを発酵させる必要がある。
肥溜めで発酵させて初めて屎尿は肥料たり得る、そうでなければただ草木を枯らすだけ。
否、感染症や汚染で病気を蔓延させる原因になる場合もある。
しかし、営農指導部長の耕助も肥溜めの作り方は知らない。
日本で肥溜めが絶滅して久しい、七十越えの農家でも見たことは有っても利用したものはいないだろう。
肥溜めにはいくつかハードルがある。
まず、肥溜めは悪臭が伴う、これは避けることができない問題。
だから人気のない場所を選ばなければならない。
そして第二の問題でもこれは共通する。第二の問題は感染症だ、屎尿は寄生虫やそれを媒介とする虫の恰好の温床である。
伊藤は発酵して発熱させれば大丈夫、と言っていたが発酵のさせ方を知らない。
まぁ、ジャガイモは地中で採取するから、葉物野菜よりはリスクは低いが……
まてよ、熱を持たせればいいのか、耕助は逆転の発想に行きついた。
「これは新しい依頼ですが、大きな鼎を用意してもらえませんか。大量の人糞を蓄えられるような」
耕助はイムザに歩きながら、手で鼎の形を作り説明する。
「それはどうつかうのだね」
イムザが興味深げに尋ねる。
「人糞は肥料になりますが、十分に発酵させなければ病の危険もあるのです。熱を通して菌、虫を殺そうと思いましてね。鼎で煮たてるのです」
「ふむ、いいだろう。あとで手配しよう」
イムザはうなずき、それで会話が終わった。
だが耕助はとんでもないことを言ってしまったと気が付いた。この世界の標準的な道具に使われる金属は金だ。
つまり、巨大なウンコ鍋を金で作ることになってしまう。異世界人は一切のためらいもなく潤沢に金を使う。
〈おお、なんてもったいない)
異世界人に挟まれ、耕助は一人後悔した。
まぁ、『運』がつく『金』だ、そういうことだ。観光地の土産物にある、下品な親父ギャグのような文句で自分を慰めた。
そして、その下品さに自分自身に再び嫌悪感を抱く。
「こちらです」
兵士に案内されたテント群の内、いくかは兵士の寝どことなっていた。
実際、何人かの兵士は昼だというのに寝込み、または武装し待機している。
「えーと、このテントは」
耕助は畑にこんなテントを作るとは聞いていない、兵隊の話も知らない。
「こんなに兵隊さんが詰めているとは聞かされてませんでしたが」
「これは泥棒除けですよ。実際夜間には立哨が警戒に当たります」
兵士はハキハキと答える。
「じゃ、この物見やぐらも」
「ええ、監視塔です」
確かに弓を持った兵士が当たりを見回していた。きっとあの物見櫓であれば、平野だからかなりの距離が見渡せる。
夜間はどうかわからないが、昼間の監視にはうってつけだろう。
正直、今ジャガイモを掘りに来たとしてもその泥棒は何も得ることはない。なにせ収穫期ではない、兵士に殺されて無駄死にの悲しい結末が待っているだけだ。
北海道でも大量の野菜泥棒は結構あった、旧S町は小さすぎて相手にされなかったが。
だが、精魂込めて作った野菜を盗まれるのは非常に不愉快なことは判る。
そして、今は種芋を増やすための重要な時期、一つの芋が十に、そして百に増えるのだ。
だから野菜泥棒のせいで世界滅亡となるのはお話にならない。
「警戒、よろしくおねがいします」
耕助は塔上の弓兵に声をかける。
「こちらです」
耕助一行は兵士に一つのテントに通された。
中はイムザ邸の厩のそばにあったものに近い、前線指揮所のような雰囲気。
机があり、地図が載っていて、人員を管理するための表がある。
軍用の地図と違うのはそれが耕作地の地図であり、人員は兵士ではなく農民の点である。
ゴランやミリーの名前が書き連ねられている。
案外近代的な人員管理だ。もっとよく言えば牧歌的、悪くいえば野放図な作業風景を耕助は想像していた。
中では隅の方でコルが控えていた、緑の髪の幼げな少女。
野戦指揮所に思える光景と不釣り合いな見た目のコルは腰を折り、主人を出迎える。
「お早いおつきでございます」
コルはやや驚いたように声を引きつらせる。
きっと自分が起こしたことで主人が飛んできたのだから、おかしな反応ではない。
「それで、状況は。というかいつからだ、その異常回復は。魔導師としてどう思う? 」
イムザが、まるで医者のように問いただす。
「イムザさん、それはどうも魔道士目線で物事を進めてますよ。ここは農業優先でいきましょう」
耕助は諫言する、あくまで農業の実益的な会話にとどめるべきだ。魔導の話はまた別の機会でかまわないのだ。
ダスクは無言で肯定した。
「それもそうだな、魔導は後で個別に話そう。それで、どれくらいの期間を短縮できそうだ」
イムザは切り替えが早い、耕助は素直に感心した。
大抵の場合、偉くなればなるほど、目下の者がいると諫言を受け入れない。
だが、イムザはそれをすぐさま受け入れた上で端的に質問した。
今、求められていた質問は確かにどれだけ時間を圧縮できるかであろう。
「私が試験農地で体感的をもとにすればおそらく二回は」
コルが少しばかり声をうわずらせながら答える。
主人を前に憶測で話をするのを恐れている、まぁそれは仕方のないことだ。
だがはっきりさせないといけないラインがあることは確かである。
「その二毛作、どこまでは確実にいけますか」
耕助にとってそこが重要である、芽が出せるか否か。
「二度目の開花までは確実にできます」
今度のコルの声は力強かった、自信があるのだろう。
よかった、開花までが保証されるならば話は簡単だ。
何故ならば後は放っておくだけでいいからである、時間がたつのを待てばいい。
本来一毛作の予定が大幅に短縮され、二毛作は確実、三毛作から通常の速度、か。
だが三毛作が可能になるとなれば……
「イムザさん、急いで別の農地の確保をお願いします。ペスタさんはそこを耕す準備を。そうだ、イムザさん、農民の数も増やしましょう」
耕助は矢継ぎ早に指示を飛ばす。
普段の耕助はどちらかというと、一つの指示が確実に完了するのを待つタイプだ。
「よろしい、コル――」
イムザはコルに向かって命じようとしたが、一瞬ののち切り替える。
「いやそこの従卒、適当な魔導士に各領地へ伝聞を。内容は「農奴求む、数は十名程度」だ」
イムザは素早く振り返るとそこにいた兵士を捕まえ、命じた。
「「農奴求む、十数名」了解」
従卒はイムザが命令を伝えるや否や、彼はすっ飛んでいった。
きっとコルを使わないのは魔導力の温存なのだろう。
「正直、それでは人数が足りないかと思います。あと二毛作となると量は今の百倍以上に」
「絶対に金家は飢えた農民を押しつけてくる、おそらくかなり水増ししてくるはずだ」
ダスクは力強く断言した。
「ま、ワシの領民もあやからせてもらいたいぐらいじゃ」
ダスクは軽く笑い飛ばす。
「あら、これは皆様おそろいで」
突如として伊藤が現れた。
「どうしたんです、こんなところで」
耕助には彼がこの農地にいる理由がさっぱり浮かばなかった。今日は藤井と耕助でS町一行の仕事は事足りるからである。
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