伊藤の『作戦』

「あら、これは皆様おそろいで」

 鈴石一行が来ていると聞いて、顔だけでも出しておこうと思ったら大物が釣れた。イムザにダスクがいる。

「どうしたんです、こんなところで」

 鈴石が問う。当然だ、農業指導に伊藤は組み込まれていなかったからだ。

 伊藤はどちらかというと異世界の情報収集、つまり諜報に当たるよう鈴石から依頼された。


 なかなか見所がある配置だ。ゲリラは情報収集、いや空気に機微でなければならない。内ゲバ、右翼や他派左翼への転向、公安への寝返り、活動家は様々な場面で情報を必要とする。

 だから、伊藤の様な人材を情報収取に抜擢した鈴石部長は無自覚であれど才覚はある。やはり農協の一課長で終わらせるにはもったいない人材だ。


 だが、鈴石の問いに答えるより先になすべきことがある。

「これは、イムザさん。おはようございます」

 まずは貴族に挨拶することから伊藤の従順な異世界人としての潜伏は始まる。だが、これまのように様付けすることはやめることにした。

 鈴石部長が「さん」付けで呼んでいる現状、伊藤もそれに合わせる。過剰な演出は空気を乱す、乱れた空気は正体を露見させる。

 空気感、それは潜入、潜伏で重要なことだ、見た目、言葉づかい、『常識』、全ての総合がその場に適合しなければならない。


 挨拶を終えた伊藤はようやく鈴石の問いに答える。

「いやね、僕の畑って家庭菜園みたいなものでしょう。だからトラクターの専業さんよりうまく指導できることあるかもしれないなって思いましてね」

「それは、そんなことないですよ。立派な畑だったじゃないですか」

 鈴石はあくまで伊藤を持ち上げる、そういう性格なのだ。だから、きっと組合長になれず課長にとどまっていたのだろう。


「ま、それはともかく人力で畑を耕す、それに科学肥料も農薬もないとなると有機農業の僕が出て行った方がいいと思ってねぇ」

 確かに、伊藤は有機農業を貫いてきた。それは人民の土地を守るためだ。人民の立脚点である食、それを支える土地。土地を痩せさせる化学肥料は人民を窮地に立たせることになる。

 異世界にいる今、有機農法の箔付けは優位に使える。

 有機農業の知識が、ジャガイモ畑での活動を『正当化』する。


 しかし、本当の目的は直接農奴と対話する機会を増やすためである。空気感というものは大事だ、長きにわたる潜入生活で思い知らされた。だからなるべく農奴のそばで『最初からいた』ように振る舞わないとならない。

 元々いなかった場所に新たな人間が加わるとそれだけで『違和感』が生まれる。

 空気感への溶け込みに失敗したことで官憲に捕まった者は数知れない。


 だから、最初から伊藤が農地にいた、という既成事実は伊藤が他領地の農奴と接触する際に生じる『違和感』を低減させるのだ。

 無論、人がいい鈴石部長をだますのは気が引ける、がここは革命という目的が正当化する。

 人民を救済し、社会を前進させる革命は全ての手段を正当化する。


 『他領地から農奴を呼んでジャガイモ植え付けを指導する』、これは伊藤の提案だ。表向きは王国でジャガイモをより多くの領地で広め、収穫量を増やす目的。

 だが実際の目的は一人でも革命分子を探し、オルグすることにある。アノン家の農奴の恭順も本物らしい。ならば他の地の不満分子を探さなければならない。劣悪な環境にいる者が多いとしたらそれは革命の同志を増やす足がかかりとなる。


「イムザさん、ところで今聞いた他の領地から農民が来るとは本当ですか」

 伊藤は今更の様に尋ねた、既にイムザには陳情をしている。農業を、そして思想を広める為に他領地からの農奴を呼び寄せる必要があった。

「ああ、本当だ。これ以上の作付けを狙うならそれしか方法はあるまいて」


 イムザにはジャガイモを占有し、他領主に優位に立つという選択肢もあるはずだ。だが、彼はそれを切り捨て国内に広めるという手を打った。

 真に王国を憂いているのか、はたまた案外馬鹿正直なのかはわからない。


 そして伊藤は自らの計画の核心的な部分について切り込んだ。

「ではその他の領地から来る農民が、他の土地でジャガイモの作付けを指導するのですか」

「そうなる。なにせ新しい作物だ、指導者は必要になる。ここでジャガイモの作付けを研鑽したものが指導者になるのが筋であろう」

「わかりました、新しく来る方には私も丁寧に説明いたしましょう」

(よろしい、大いによろしい、これは偉大な前進の足がかりだ)

 これは狙い通りだ、伊藤は少しばかり小躍りしたい気持ちになる。農業指導者をオルグできれば、革命への道が開けやすくなる。


 そもそも、今回の革命は『ジャガイモを基盤とした農業革命』を元に『社会が変化する力を蓄え』、『その変革を社会主義へと指向する』ものである。

 ブルジョアジーを生み出す機械化された産業革命はない、だがこの世界では魔導も絡んでくる。

 しかし、伊藤は農民を中心とした農民革命になると割り切った。

 農奴が生み出すジャガイモがなければ王国は間違いなく飢える、王国に一度餌を与えてやる。最初は素直にジャガイモを供出しよう。

 だが、計画の第二段階、サボタージュが待っている。不作に陥っている王国は恐らく、二度目の飢餓には耐えられまい。領主達は農民達にはあらがえなくなる。そして軍事的には前線の農兵も同時に決起させたい、開化的な軍人がいればなお良い。

 

 そのためにはまず革命分子たり得る魔導士を見つけなければなるまい。

 農兵への思想の伝播、あるいは補給を頼れるような同志が。補給は大事だ、王国軍が飢えている一方で農兵が十分な補給を得られるならば、職業軍人と徴兵の戦力差は縮まるだろう。


 そんな考えをおくびにも出さぬ熟練した老ゲリラはダスクに話しかけることにした。

「貴方はアヴァマルタでお話になられていた」

 確か騎兵だと言っていた、それも大戦果を上げた、とも。


「ダスクさん、貴方はこの戦争をどう思われますか」

 伊藤は慎重に言葉を選んだ、首から敗北主義の看板を吊り下げてられしまうのは『最悪』だ。

「ジャガイモがあれば勝てる戦だ」


 その一言はあまりにも意味を持ちすぎてる。まず、ジャガイモが無ければ、負ける。

 そういうことをこいつは言いたいらしい、かなり切り込んだ内容でもある。

 だから、おまえら異世界人が必要だと暗に語っている。

 そして、それだけ飢餓が進行しているということだ。他領主がこぞって農奴を押しつけたがるのもわからなくも無い。


「はぁ、そうですか。ならば一層励まねばなりませんな。苗の様子を見てくるのでここで失礼」

 伊藤は踵を返すとジャガイモ畑の畝閒を歩く。


 実の所、伊藤はダスクに対し結構期待はしている。

 彼は魔王軍と戦うために人類の団結を訴えていた、農奴も兵士も領主も総べて魔王軍と戦っているという自覚を持てと。その団結のありかたとして『身分制』の崩壊もあり得るだろう、伊藤はそう考えている。


 ダスクが協力するか、どうかが問題である。

 彼は人類と魔王軍の戦争を絶滅戦争だと言っていた、和睦が望めぬ相手との戦争は自ずとそうなることは生兵法の伊藤でもわかる。だが非効率な内政構造、すなわち身分制を打破するか否かはまた違った問題だ。


 ダスクはそもそもからして領主なのだ、権力構造の中でも上位にある。しかし同時に貴族の中では青銅の位に甘んじているこの矛盾を突くほかあるまい。

 軍神と崇められながらも、中途半端な地位にいる彼に身分制の悪辣さを説ければいいが。


 公安警察がしばらくの間、目をつむっていてくれるおかげで、これだけの活動ができる。

 確かに国体と資本主義を護るための暴力装置が、その君主を失ったとき、彼は無目的になる。

(だが、革命を起こしてくれと言われるとまでは思わなかった。奴は狂犬だ、警官であの手の者は今までに見たことはない)

 尤も、伊藤が知っている公安なぞ一握りだけだ、伊藤の方が監視をすり抜けてきたからだ。


(倉田、いや本名は重田か、奴は肝も据わっていた)

 拳銃を前に怯みもせず、むしろ伊藤が軟派になっていることを恐れていた。

 それだけ自分の腕に自信があるのだろう、恐ろしい「敵」だ、しかし、同時に紳士協定の庇護者でもある。

 何かあったときの口裏あわせくらいはしてくれるだろう。問題は革命を起こした時の奴の動きだ。


 伊藤は何気なく、足下のジャガイモの苗を眺める。

 芋はよく育っているようだ、家庭菜園程度しか営んでいない伊藤でもわかる。


(革命を起こすとき、か)

 当然ながら伊藤に革命の経験も戦闘の経験もない、すこしサバイバル訓練をしたくらいだ。

 あとは殆どの年月を都市での潜入生活に費やした、だから革命の実践は初めてだ。だが、少なくとも農民革命であるならば農兵も加勢してくれるだろう。

 となれば、王国、領主軍に対し補給と数での圧倒が可能だ。


 数的優位と補給線の確保、ヒットアンドランは通用するかわからない。

 しかし速やかな王都への進撃は必要である、ダラダラしていると魔王軍が来る。

 従って、この革命には速度というものが必要になる。

 だから、ダスクのような将官クラスを一人でも同志に迎えたい。


 伊藤はジャガイモの葉をなでる、その出来映えに満足してうなずいて見せた。

だがこれはあくまで農民の皮を被っての演技であった。

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