自由農民と貴族

「農奴に土地の所有を認めるだと、イムザ殿失礼を承知で問うが、正気か」

 グンズが野戦指揮所と化した客間の天井を仰ぐ。彼の深いため息は部屋中の空気を一挙に押しださんとする勢いがあった。イムザもまた深くため息を吐いて、やっぱりかとでも言いたげにうつむく。


「鈴石殿が来られた世界は全く違う法、技術によって収められておる」

 イムザは苦労人の顔へと変貌する。苦労人特有の眉間の皺がより一層深く刻まれるのだ。

「無論それを総べて悪法であるとは言わん。しかしそれを安易にそれをこちらに持ち込むのは危険すぎるのではないか。自由農民? 農奴が自由? 」

 グンズはひっくり返りそうになるほど椅子にもたれかかる。

 この話はジャガイモの普及に必要とはいえ、この世界にとっていささか「過激」な案なのはわかっている。


「王国の土地は王のものであり、それを農民が所有するというのがそもそも不遜。さらに言えば農奴の私有土地は領主の手の届かぬところになるのではないか、法治はどうなる」

 そういう発想になるのか、耕助はダスクの意見に耳を傾ける。現代なら、たとえ私有地で殺人を犯しても、当然のことながら殺人は殺人になる。だが『こちら』ではそう考えないらしい、きっと私有地の概念がないからだ。

 

 その既成概念を頭ごなしに『時代の変化』で否定するのはどうかと思う。

 そもそもこの異世界と耕助のいた世界に相応する時代があるのかすら不明なのだ。中世とか近世とか、そういう時代区分がこの世界と適合するかは全くの不明なのである。魔導、鉄、魔王、環境、考慮すべき事柄が多すぎる。


(ならばS町一行が中心となり、より「効率的な」法律をつくるか。いやそんな暇はないだろう。そもそもメンバーに『法学』に明るいものはいない)

 もしかしたら伊藤はそっち系かもしれない、大卒の可能性は十分にある

 が、今はただの農家だ、その言葉にどれだけ影響力があるかはわからない。唯一現役といえば渡と倉田は職務上で使う『法律』の点においては別だ。が、それも実務上の法律知識で一国の法をどうこうするレベルじゃないだろう。


 だが、伊藤の説明を受け売りすれば、私有で土地を所有できるなら農民の生産意欲を向上させることができる。


 確かに自分の取り分が増えるのであれば農民は普段よりも意欲的に農業に取り組むだろう。それはジャガイモ定着必要な要素の一つだと耕助も信じている。

 今手持ちの資金以上の利益を得られるのなら、農民は耕助達のアドバイスを素直に受け入れてくれる可能性も高まる。それに労働時間や、効率そのものが向上する可能性もある。


(そもそも現場に意欲の無い新たな試みなんて失敗するに決まっている)

 旧S町の合併反対運動がそれを雄弁に物語っている。旧S町の抵抗運動はどこか諦めがあった。それが敗因だと断ずることは早計だが、一つの要因であることは確かである。

 農民にジャガイモ栽培の意欲が生まれなければ生産量の減少につながる。だから、耕助はここでダスクの賛同を得る必要がある。


「例えばですよ、これは兵士が敵を倒した場合に与えられる恩賞に近いんですよ」

 耕助は意を決して切り出した。

「兵士が? 兵士は決して土地を所有しない」

 ダスクは力強く断言した、イムザは興味深げに耕助の方を向く。

「確かに、土地は所有しません。でも優秀で階級が上がれば従える部下が増えるでしょう」

 耕助の知識では手柄をあげた戦国時代やらでは武士は領地をもらっていたはずだが、こちらではちがうのか。


「将官が臣民を『所有』し、それを兵隊に仕立て上げて戦争している、と言いたいのか」

 ダスクがゴブレットに水を注ぎながら耕助を横目に見つめる。

「左様です、そしてさらに軍功を積めば王国へも貢献していることになるでしょう」

「だが、農民の私有地での生産量が増えたからといって王国に得はないではないか。税も法も通らぬようでは王国が切り刻まれ、分断されるも同義ではないか」


 成程、ダスクと耕助はここがかみ合っていなかったのか。きっとダスクは私有という言葉に過剰反応を示していたのか。

 恐らく脱すクは私有地という言葉をそのままに受け取っている、所有者の完全な自治下にある、と。ここをどうにか乗り越えなければ未来は無い、かもしれない。


「私有地で生産したものからも税を取ればいいのです、王国の法律も適用されます」

「ではなにが変わると言うのだ、自分で植え付けしたとして、税をとられるのであれば現状と同じぞ」

「それは税のバランスですよ、それに自由農民といっても荘園賦役の他に自ら農地を耕すことが主眼です。私有はたいした問題ではないのです、もちろん王法も適用されます。しかし自分の土地で、自分のために耕す、そのことが農民を鼓舞させるのです。手柄を認められぬ兵士の士気は低いでしょう、同じ事ですよ」

 ダスクはやや合点がいったように握った手の平を眺める。


「イムザ殿、この話はほかの領主には」

「いや、まだだ」

 イムザはこのやっかないな問題をどうしたものかとでもいいたげに首を振る。

「だろうな」

 ダスクはパイプを取り出し、葉を詰める。

 耕助もタバコを取り出し、火をつけた。


「鈴石殿、ワシは最終的にこの案には賛成だ」

 ダスクは気を紛らせるように煙を吐き出す、口ぶりも重々しい。

「確かに、我々は魔王軍とは和睦を結べぬ、殲滅戦争の真っ最中。戦勝の為ならば全ての手段が許されるべき、否推奨されるべきだ」


 殲滅戦争、この言葉が耕助の胸をざわつかせる、イムザも眉をひそめた。

(やはりどうしてもどこか不穏な感じがする、それが真実を言い表していたとしても)

 耕助は戦争を知らない。


「だがな、現実ではできること、できないことがある。この案は貴族らから猛反発が来るであろう。ワシの様に納得する者は多くあるまいて」

 ダスクは深く息を吐いた。

「だがやらねばならんのだな」

 ダスクが目線で耕助に問う、耕助は黙って頷いた。

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