戦場のコック

 藤井を荘園に残し耕助、ダスク、ヘルサ、ジュセリはアノン家へ引き上げることにした。

 これ以上作付けを眺めていても仕方ない、それが耕助の意見だ。

 次の問題はこのジャガイモをどう調理して前線の兵士に食べさせるか、である。

 十五トンのジャガイモ供出についてはダスクと協定が結ばれている。

 補給用転移魔導を使う魔導士に重点補給することで、彼らの消耗を防ぐ作戦だ。米、小麦とちがい腐りやすいジャガイモは即時性の高い転移魔導の効果を発揮しなければならない。そもそもこの国の軍隊の補給網が転移魔導に依存しているのだからまず彼らに活を入れなければこの作戦はおじゃんである。


  普段は入ることのないエリアへと誘導される。明らかに装飾が減っている、使用人達のエリアだ。一行は調理場へとたどり着いた。調理場は女中達が賑やかに料理の準備をしていた。


 ジュセリはともかく、ダスクも意外なことに自ら調理場に入り、料理法を考えている。

 女中たちは軍神の意外な出現におどろきあたふたしている。

 サラもその中に混じっていたが、何食わぬ顔で料理を続けている。彼女は確か領主の娘だったのだと耕太が言っていた、慣れているのかもしれない。


 だがサラ以外の女中はおおあらわである、炊事場に神様が来るなんて想像もしていなかったろう、かわいそうに。だが、これで一つわかったことがある。ダスクは戦闘以外でも『現場主義』なのが分かる。

 本気で補給について勘案している証左だ、彼は信用できる。

 植え付けでも感じたが彼は人類再興はジャガイモに懸かっていると本気で信じているようだ、それが耕助には心強かった。


「このジャガイモ、熱を加えればいいのだな」

 ダスクは手頃な芋を手に取り眺める。

 このジャガイモは十五トンの兵糧の一部を転送したものである。この邸宅にいる魔導女中たちの増強食である。

 伊藤がまとめた情報によればこちらの穀物のスミナは脱穀したり、挽いたり、うるかさないと食べられない、らしい。

「はい、焼く、揚げる、煮るどれをとっても食べられます」

 脱穀や製粉のスミナが常食の人間からすればジャガイモの簡便性は常識を破壊する威力を持つ。


 ただキタアカリという品種上、煮るのはあまり得策ではない、煮崩れしやすいのだ。

 男爵イモの親戚たるキタアカリは不得手を同じくする、煮るのに向いてるのはメークイン。

 ただ煮崩れを逆手に取りコロッケ、ポテトサラダにするという手もなくもないのだが……


「ただ、煮ると崩れやすいですね、この品種の弱点です」

「いや、それは利点かもしれません」

 軍神を前にしたジュセリは丁寧語になっていた、流石軍人といったところか。

 ジュセリが黄金の大鍋に近寄る、晩飯のスミナが煮られている最中だった。

「イモをスミナの粥に混ぜればいいだろう、時折この間の焼き芋を混ぜてやればいい」

「それで兵の腹は満たされまい」

 ダスクが反論する。


だが、僅かの間思考を巡らしたダスクは再び口を開く。

「まてよ、粥か。いや、案外悪くないな」

「先日、輜重兵が攻撃を受けた、大損害だった。現在その穴埋めが行われているが再編には時間がかかる」

「母からその話は聞いていましたが、そこまでの打撃だったとは」

「お主がジュビネの娘か、父上は真に残念だった」

 ダスクは僅かに同情の目をジュセリに向ける。

「いえ、討ち死には誉、その復讐もまた誉。精進するのみです。お話を続けてください」

 ジュセリは父を戦争で失くしていたのか、初めて耕助は知った。


「それで、だ大損害を被った輜重隊を復活させるといっても、一筋縄ではいかん。盗み食いをしない忠誠心のある兵が必要なのに加え、料理もできなければならん」

 ダスクはいかにも気をもんでいるかのように、炊事場をグルグルと回り始めた。

「そこでだ、同じ料理法でスミナと芋を調理できるなら、渡りに船、という訳じゃ」

「ならば具材としてジャガイモを入れるか、つぶしてポタージュにする方法がありますが」

「ならば多少崩れても具材の方が良い。最前線では虫のポタージュが流行っておる、ジャガイモもポタージュにしてしまえば同じ穴のムジナよ」


 耕助は絶句した、虫を食べている? 

 家畜動物がいる世界でだから、そんなことはないだろうと高をくくっていたかもしれない。

「この世界では虫食いが普通なんですか」

「いいや、そんなこと聞いたこともない」

 ジュセリも動揺していた、やはり虫食いは飢餓の証拠か。

「そんなこと母上からは一言も」

「一人娘を怯えさせたくなかったのだろう、察してやれ」

 優しい言葉遣いで、しかし軍人らしい命令口調のグンズがジュセリの肩をたたく。


「まぁ、虫食いの話は置いておこう。入ってこい」

 グンズの合図とともに屈強で粗野な身なりの男たちが炊事場に入ってくる。

 広いはずの炊事場がみっちりと詰まった印象になるだけの圧迫感があった。

「ど、どなたなんですか、このやろ…… 方々は」

 スープの味見をしていたサラはお玉を落とし、狼狽する。

 女中たちは部屋の隅へと押しやられ、完全に委縮している。

「王国輜重隊、西部方面中隊隊長ウルムンドです」

 もじゃもじゃのひげ面の男が意外にも明瞭な声でハキハキと答える。

「戦場のシェフ、の生き残りじゃな。こやつらにジャガイモ料理を教え込もうと思ったのじゃ。怯えさせてすまんの女中方」

「いえ、こちらこそ、驚きすぎたというか……」

 サラは平静を取り戻し、料理に戻る。

「済まぬが、かまどを貸してもらいたい。これからジャガイモとスミナのスープを作る」

「勿論どうぞご自由に、空いているかまどをお使いください」

 ペスタが尊敬のまなざしをダスクに向け答える。軍神は彼女にとって憧れの存在であろう事は容易に察せられた。


 輜重隊は隊長の指示で手早く薪をくべると、鍋に水を汲み、火にかける。なるほど、その道のプロである。女中達にも勝るスピードで料理の準備を整える。大量の兵士の腹を満たすためだろう、その手際は見事なものだった。

「それで、ジャガイモはどう調理すればよのしいのですか」

 このウルムンドという男、身なりは粗野なくせにやたらと丁寧な口調で柔和な声調である。

「絶対に芽をえぐり取ります、毒があるので。これは出てませんが、この凹みから芽がでます」

「成程、毒があると、それから」

 ウルムンド以下輜重兵は真剣なまなざしでこちらを見ている、彼らの期待に応えねば。

「よく洗えば皮は剥かなくてもいいです、むしろ栄養は皮に近いところにあります」

「しかし、土がついていますが……ブラシで洗えばよろしいか」

「まさに、それで土が取れたら半分に切って煮ればいいでしょう。串が刺さるまで煮こめば十分です」


 輜重隊からどよめきが起こる。

「こうまで調理が簡単なら我々の負担も減る、是非ともジャガイモをイムガンド王国に根付かせてください」

 目をキラキラさせながらウルムンドはジャガイモを覗き込む。

「これと一緒にスミナを煮込めば、現在疲弊している魔導士用の増量糧食はできるわけだ」

 ダスクが顎をさすりながらつぶやく。

「魔導師に限定されるのは今のところです、作付けがうまくいけばすべての兵士にいきわたるでしょう」

「そうだな、さすればパロヌに続く反攻作戦も開始できようぞ」

 軍神の一声で炊事場は沸き立った。


 ジャガイモを加えた、兵糧の改良版の完成を待つ間、耕助とダスクは件の客間に通された。

 客間は改装され、地図やリストの束が積み上げられ、指令所じみた雰囲気になっている。

 耕助は簡素だが座り心地のいい布張りの椅子に腰かけた。

 昨日、今日一日、いろいろなことがあった。

 異世界にきてからまだ間もない、正直アヴァマルタの肉が無ければ倒れてたかもしれない。


「あの、ダスクさん。正直なところジャガイモの植え付けが成功したとして魔王軍に勝てるんですか。私は軍事には全く疎いのですが、食事一つできまるんですか」

 北朝鮮の兵士が飢えている、とか旧軍のインパール作戦の失敗とかそういう話は知っている、がそれが戦争を左右するほどのものには、耕助にとって思えなかった。

「この軍神の言葉を信じられぬか? とでもいえば此方の人間は大抵頷かざるを得ないだろうな」

 ダスクは自嘲とも思えるような含み笑いを漏らした。

「無論、食事一つで戦争は動かん、だがこの飢餓で停滞した戦線は間違いなく動く」

 グンズは手じかにある地図を示して見せた、大きな大陸が海の中にポツンと浮かんでいる。

「そして現在防衛戦を引いているが、兵さえ動けば攻撃戦に転ずる。遊撃戦中心の魔王軍を戦線で押し上げ、決戦を強要し、これを殲滅する、これ以上はまだ先の話になるがの」

 老騎兵は地図の一点を示し、自信ありげにほほ笑んだ。


「決戦は近からずとも遠からず、希望がもてますな」

 イムザが部屋に入ってくる、ダスクは起立して彼を迎えた、がそれをイムザが制する。

「この際だ、貴殿と私の間では余計な挨拶は今後抜きと行こうじゃないか」

「は、ありがとうございます」

 ダスクは鷹揚に礼をすると椅子に座る。

「それでだ、耕助殿、これより我々で自由農民の話をしないか」

 イムザが話しを切り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る