国王の噂

「イムザ殿、鈴石殿にこちらの領主制と現実についていかほどご説明なされたか」

 ダスクはパイプを吸い込み、吐き出した。

「今のやり取りでわかるように殆どしていない、その暇なぞない。何せ農業で手一杯だったからな」

 イムザは脚を組んで、背もたれに背中を預ける。

「仕方のないことでしょう、では私からご説明申しあげる」

 耕助は異世界の貴族の制度なぞこれまで知らなかった。

(重大案件でもあるのか)


「現在王国は、鉄、青銅、金の三種からなる領主によって間接統治されておる。このアノン家は最も階級が高い鉄家、ワシは青銅、金が最も貧しい」

 金が貧しい、耕助のイメージからは逆だがこの世界ではそれだけ鉄が重要なのだ。

(しかし、領主が貧しいという表現はどうなのだろう。貧しい、それは農民とか貧民とかそういう類いの人種に使うべき言葉だろうに)

「だが、最も数が多いのは金でもある、なぜこの体制になっているかというと――」

「外様、ですか」

 外様大名の意訳がきちんとなされるか、不安に思いつつもその言葉しか浮かばなかった。

「話が早い、つまりかつて反王国だった弱小領主を個別に分断し、反乱を防いでいるのだ、こいつらが一番厄介と言ってもいい」

 ダスクはパイプに詰まった灰をナイフで落とす。


「何せ数が多い、王国に対し謀議を図っている、という『噂』もある」

 これ以上話してもいいのかと言いたげにダスクはイムザに視線を送る。

 イムザは目を伏せ、それを黙認した。

「この自由農民が実施された暁には金家は食い扶持を失うと思うだろう、誤解だな。それが火種になり――」

 ダスクは水差しを取り、くすぶっていたパイプの灰に水をかける。

「反王の反乱が各地で勃発、魔王軍に対峙している国王軍は戦力不足で王都野防衛は絶望的、王政は失われる。


「逆にだ」

 イムザが声を上げる、この会議では珍しい事態に二人の注目が集まる。

「金家以外、即ち鉄家、青銅家に限定し自由農民を適応すれば、金家を懐柔する手になる。上位の家だけが、農地を失い、税も減る。金家との相対的なパワーバランスが縮まるからな」

「よろしいので、それでは金家が増長するだけではありませんか、戦力比が逆転して反乱を起こされるのも御免こうむりたいものですが」

 ダスクが具申する。

「自由農民にはジャガイモを植え付けさせる、スミナよりも生産性が高いのだろう。それに今はどこの金家も大徴兵、大出兵の真っ最中。パワーバランスの逆転は早々に起きんよ」

「むしろ、ジャガイモとセットで自由農民制度を導入した場合、鉄家、青銅家のパワーが増大し、金家が身分制度改革に追随する可能性があります」

 耕助は補足した。


「確かに、ジャガイモさえあれば青銅家、鉄家の総力をもってすれば自由農民も可能か」

 グンズが顎をさする。

 

 だが耕助は二人との間になにか齟齬が生じていないか気になる。

 (そうか、自由農民の創出が目的化してるんだ、そこを間違えてはいけない)

「重要なのは自由農民を生み出すことじゃありません、彼らにインセンティブを与える事です。そこは間違わないでください」

「わかっている。が、話が話故、多少目的化することも承知してもらわねばならん」

 イムザが即座に反応する、この早さは話の問題点を認識していたからこそだろう。


「それで、どう広める。そう易々と進む話ではないぞ、国王陛下の裁可を仰がねばならん」

 ダスクが話を続ける、政治を語る彼の着眼点は単なる軍人のそれではない。領主として政治を担う者のものだ。

「大勅令二号に依って、我が領地で実践する。どうせ他家で導入する程種芋もないのだろう」

 イムザは耕助の方を見やる。

「はい、現状は今の農地以上は難しいですね」


「だが、それは勅令の拡大解釈ではないか、イムザ殿」

「現在、国王陛下は多少乱心しておられるようだ、おそらく気にも留めまい。それよりも実績が重要だ」

「その噂、本当なのか、イムザ殿」

 小さい声でダスクが詰め寄る。

「ああ、本当だ。私が謁見した際、小水を流されていた。軍神だからこそ伝えた、内々にな」

 イムザがふと窓の外を眺める、夕闇が深い。

「まぁ、ここらへんでお開きにしよう、もう夜も遅い」

 イムザの急なまとめかたが一層、国王乱心の疑義を深めることとなった。


 国王のご乱心、貴族の間では結構な噂にはなっている、王都では知らぬ者はいるまい。

 簡単に表現すれば「ボケ」が来ているのである。だがこの呆けはベルモガ二世の『偽装』である。


 この隙を突こうとした金家の反乱分子を一気に鎮圧するための大規模な『おとり捜査』であり、同時に次の王権の移譲を速やかかつ安全に行うための国王の演技なのである。

 このことを知っているのはごく一部の限られた人間のみ、無論鉄家のイムザは知っている。 

 いくら軍神ダスクといえども、この件を明らかにすることはできないのだ。

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