アヴァ・マルタ
白い鱗に覆われた竜は、首を塀の上へと持ち上げ穏やかな声で囁いた。
その図体から想像できぬ柔らかい声。最初、耕助は龍のものだとは気が付かなかった。
「今年はワシか、ふむ。覚悟はできておるから早いところ済ませてくれ」
龍はイムザと目を合わせ、優しく唸る。
「わかっている、すまんな。だがお前が来るとは何たる幸運か」
イムザは竜と会話している、正にファンタジーだ。龍はやがて、巨大な黄金の杭のそばへと身を寄せる。
「これでよい、いつでもやるがいい」
「幸運ってどういうことですか」
耕助は隣に控えるジュセリに耳打ちで聞いてみた。
「この龍、ゴンドルが現れた年は豊作だという伝承があります」
「それは我々にとっても幸運というわけですね」
朝の星座占いを欠かすこと無く見てしまう、案外占いに弱い耕助はそれだけでちょっと前向きなこころ持ちになった。
「ではヘルサよ、頼んだ」
「はい、兄上」
イムザがヘルサを呼ぶ、ヘルサはいつもと少し違う魔導服を着ている。黒っぽく艶のある服である。その艶が篝火に照らされ、彼女をすこしオトナっぽく魅せる。
ヘルサは前に進み出ると転移魔導の詠唱を始めた。
突如として地面に突き刺さっていた巨大な金の杭が光り、消える。
同時に遙か上空の空が明るく光る。杭が空に現れ、最初はゆっくりと、しかし重力にしたがって速度を上げながら龍をめがけ突進してくる。
数秒ののち、轟音とともにその柱が竜を貫く。
「あ、あの今のは」
耕助は半分腰を抜かしながらジュセリに問うた。
「これは転移魔導です。遙か上空に杭を召喚し、その落下速度で貫くのです」
「なるほど、なかなか精密じゃないか」
伊藤は結構冷静を保っているようだ、耕助には無理な話だが。
「それにしてもかなりの精度だ、すごいねヘルサさんは」
伊藤は感心したようにつぶやく、
「ヘルサ様は転移魔導をずいぶんと鍛錬なさいました、その賜です」
ジュセリは自分の事のように満足げに頷いた。
兵士たちが竜を取り囲む、竜は煙突ほどもある杭に貫かれ絶命しているようだ。兵士士はうろこを丁寧にはがしながら、肉を切り出す、血は流れない。
「興味があるなら間近で御覧なされ、異世界の方々と合流されてもよろしい」
興味津々に作業を眺めていた耕助にイムザが声をかける。
「ならばそうさせていただきます、皆と龍の肉を食べてきます」
「では、ジュセリご案内を」
伊藤、ジュセリとともに会談を降り、門を潜る。
間近で見る竜は巨大だった、五十メートルもあるであろう。兵士たちは車のドア程もあろう大きさのうろこを丁寧に集めている。
「あのうろこ、何かに使えるんですか」
耕助はジュセリに問いかける。
「あれは軽く、柔軟性がある割に硬いので盾や農具に使います」
機動隊の盾、ポリカーボネートみたいなものか。
竜の解体現場を回りこみ、S町一行の
「父さん、こっちこっち」
耕太の呼び声がする、その声に従って席へと向かう。
「マダムは今日、調子が悪いからこれないらしいですよ」
渡が蜂蜜酒を飲みながら声をかける。
「にしてもあの杭凄いっすね。耕さん、俺ビビッてちびりそうになりましたよ」
「あれ誘導爆弾に形が似てますね、バンカーバスターみたいだ」
拓斗が感心したように杭を眺める。
鈴木と耕太、拓斗は興味津々といった雰囲気で作業を覗き込んでいる。
「ジュセリさん、私も解体に参加できませんか」
ハンターの血が騒ぐのか、鈴木は軽く浮足立っている。
「ちょっとそれはさすがに…… 異界の方が神事に参加するのは」
ジュセリは困惑気味にそれを拒む。
「神事なら仕方ないですな、我々に食事が廻ってくるのを待つとしましょう」
相撲の外国人力士も最初かなり倦厭された。国、世界、宗教は不可視の
龍の肉は果実風のタレをつけられ、串に巻いて焼かれている。焼き方はまるでケバブだ。
(龍の肉、かば焼きの方がうまく食えそうな気がする)
甘塩っぱい蒲焼きのタレ、それに白飯。そのうち現世から召喚された食料、調味料も切れる。貴重な食糧を温存したい。が、目の前の豪華な素材を前に耕助は日本風の味付けを望んでいる。
肉は焼きあがった順から転移魔導で桟敷席へ届けられるようだ。ところどころで魔導の光りが灯り、歓声が沸く。
が、最前列のS町一行には直接ぺスタとサラが運んできた。
「これが召喚獣の肉か……」
耕太が生唾を飲む。
「異世界召喚はあっても、召喚獣の肉を食うのは想像してなかったな」
拓斗もややおののいてる。
「大丈夫、大丈夫。こいつぁ旨い上に栄養があるから、食べてみなよ」
祭りの空気に浮かれたのか、サラは気さくな言葉で料理を勧める。
回復系の魔導士、薬学を学んでいるサラが推すのであれば実際効果があるのだろう。サラは次の仕事に取り掛かるため、早々に席を後にする。
耕助はこちらの料理に対する警戒心が薄れている、水以外は。ままよと、肉をほおばる。
タレの香草が効いている、山椒みたいな味だ。肉は白身魚の様だ。たっぷりと脂がのっている、まるで旬のウナギだ。これは栄養があるというのも頷ける。
農民たちは歌い、踊り祭りを楽しんでいる。農民の一団の中心が次々と光り、焼き立ての肉や蜂蜜酒が転移される。確かに一団体ずつ回って配るよりこちらの方が早い。光りを中心に農民達が一斉に群がるのが見える。彼らは貴重な食糧をなんとしても食べたいのだ。
農民の一部が歌い始めた。
「男は兵隊、女は嫁入り道具、されど今年の取れ高ちょい低い」
「「あそーれ」」
「鶏は飼いたし、エサはやれず。飯は毎日スミナ粥」
「「あそーれ」」
「見たこともない、ジャガイモ植えよ、それじゃあんまり、あんまりだー」
「「あんまりだー」」
「どうか年貢は控えめにー、あ、控えめにー」
「「控えめにー。あ、お情けをー」」
歌と合いの手はどんどんと広まっていく、まるで野外フェスだ。
(しかし祭りだからと言ってここまで政治を批判していいものなのか)
(もしかして、
耕助に冷や汗が走る。やがてイムザが城壁の上に現れた。
「よろしい、では今年の年貢は控えめにしてやろう。その分、人類の生存に関わっているという自覚と矜持を持つように」
「「あー! イムザ様ぁ! イムザ様ありがたや! 」」
農民たちがひれ伏す。
「今のは一体なんなの? 領主批判って不味くない?」
渡は蜂蜜酒を運んできたサラを捕まえて話を聞こうとする。
(おおう、良いとこ突くじゃないか渡。やる気出せば刑事とか向いているんじゃないか)
耕助は渡を再評価する。
「あー、アヴァマルタ名物。無礼講の陳情だよ。毎年あんな感じで陳情するのさ。今年はジャガイモとやらで収穫高が上がるだろう、その分減税してもイムザ家にはダメージないし、農民も気持ち嬉しい。お互い損得なしで領民への気遣い、ってところかな」
サラが蜂蜜酒のピッチャーをドスンと地面に置く。
「おーい、巨乳のメイドちゃん。こっち御酌おねがーい」
藤井が金のゴブレットを高らかに示す。
サラは純白の髪をかがり火のオレンジを映しながら笑顔で答えた。
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