朝勃ちぬ

 農民たちは歌い、踊った、が意外にも酔い潰れることはなかった。皆、程ほどに出来上がっている、というころあいだ。

(案外常識的だ、蜂蜜酒が弱いせいだろうか、その可能性は否めない)

 アヴァマルタは耕助が想定よりずっと短い時間で終わった。


「案外短いんですね、アヴァマルタって」

 耕助はサラに聞いてみた。

「普段なら召喚獣の解体始めてから丸三日とかかかるけど」

(丸三日か、三日も同じ食材を野外に放置すれば食中毒でもおきるんじゃないか)

  そんな思いが浮かぶが余計な口出しだと直ぐに耕助は思い直す。

(きっと何らかの対策はしてあるだろう。なにせ魔導によってこの世界はかなり現代日本の技術を一部では凌駕しているのだから)


「今回呼び出した召喚獣、ゴンドルは豊作の証だけど早く植え付けを始めよという意味もあるんだよ。だから明日から農作業開始な訳」

「なるほど、吉凶を占う以外にもそんな意味合いがあるんですね」

 占いの側面もあるとはイムザも言っていた、凶作、豊作以外にもヴァリエーションがありそうだ。


 今回はアヴァマルタの短さがかえってホテルバイキングの時間制限のように食事や宴会も盛り上げる要素にもなっているのだろう。

 そもそも作付けの祈の儀式で酔いつぶれ、農業で使い物にならないのでは話にならない。

 だから正味二時間の祭りも仕方ないといえば仕方ない。が、やはりどこか短すぎるような気がしてならなかった。


 ぺスタが一行に近づいてくるなり、書状を示した。

「旦那様からだ、農業に詳しい者は今日はアノン邸に泊まられよ、とのことだ。明日、農業の本格始動について話し合いたいそうだ」

「わかりました、それじゃ藤井さんと伊藤さんは残留しましょう、ほかの人は……」

「荷車を出すので、お帰りに」

 ペスタが手で示した方向には四頭のフヌバにつながれた荷車があった。


 このすっちゃかめっちゃかな状況じゃ早めに撤収した方がいいんだろう。帰り道が混み出すと荷馬車での暗い夜の移動は面倒くさそうだ。

「皆さん、それじゃ早いところ撤収しましょう、道路も混み合いそうだし」

 耕助は手を鳴らし宴会の終わりを告げた、素面の顔に戻った渡が皆をガイドする。

(渡め、やっぱり案外しっかりしているじゃないか)


 祭りの夜は案外早く終わることとなった。ペスタによれば空が明けるなり、会議が開かれる予定らしい。

 まぁ農家と兵隊は朝が早いのが常識、耕助とダスクは問題ないだろう。

 

 耕助はまぁそれなりの設えの客室へ通された、応接間から想像していたものよりも見栄えがしない。

(ああ、ダスクって上客がいるな。彼が一番いい客室へ通されているのか)

備え付けの肌触りの柔らかい寝間着に着替えて寝ることにした、風呂は明日にしよう。


 あくる朝、鳥の鳴き声で目が覚めた。

 どうも異世界のベッドに慣れていない、耕助はちょっと寝足りない気分だ。

 スプリングはきっとないのであろう、少し柔らかすぎるマットレスだ。羽毛布団に近い。

 もう正直少し寝たい、普段から快眠の耕助には珍しい事態だった。

 

 だが召喚獣の肉のおかげか、耕助の体とムスコのほうは元気だった。

(うん? ムスコ? )

 これまた派手に股間が隆起している、痛みすらある。

 ムスコの暴れん坊ぶりは収まらず、普段着に着替えても寝室の外には出られない。

 当然風呂になんていけない、

(昨晩は風呂に入ってないぞ、どうしよう。しかし、なんだこの元気っぷりは。中学生か俺は)

 懐かしいような、却って酷く自分が老いたような、複雑な気分になる。

 たしか、ゴランがアッチにも効くとかそんなこと言っていたっけ――薄ぼんやりと思い出す。


 しかし、これでは人前にでられない、どうしたものか。冷やして治めようにも、氷が無い。

 痛みを伴う勃起は最早苦痛である、はやく萎えてほしい。


 そんなことをしていると、ドアがノックされた

「失礼します、イムザ様がお呼びです。ドアを開けますね」

 かなり取り澄ましたサラの声がする

(イマはまずい)

「ちょ、ちょっと待ってください」

 情けなく、声は上ずる。


「やーっぱり旦那もアレがお元気なようで、扉の前に精力減退薬置いておくのでどうぞ」

 サラはどこか含み笑いを隠している、精力減退薬なんてあるのか。

「即効性もあるから、朝食も一緒にどうぞ。ウフフフフ、アハハハハハ」

(なんかサラに完全に馬鹿にされてる気がする、いやされている。だが対処する薬があるということは皆これで困っているのか。困らなければ薬などいらない筈だ)


 ゴランは、確かニヤニヤ笑ってたから、その効能にあやかっているのかもしれない。ああ、農民にとってはこれはちょうど「繁殖期」みたいなものなのか。現代日本がクリスマスイブの出生率が高いように、アヴァマルタで農民は次の世代を生み出す。そういうことか。


 ドアの外には金のカートに乗った肉ののったスミナ粥とゴブレットが置かれていた。廊下の角を曲がるところだったサラに声をかけ捕まえる。

「この薬湯があるってことは、その、あっちが元気になりすぎて困る人がいるって事ですか」

 サラは曲がり角から顔だけ突き出し答える。

「例えば貴族様あたりが勢い余ってメイドの間に落とし子つくちゃったり、養えもしないのに農民が子だくさんになったり、そういうトラブルはあるからね。ほらイマだってアタイの体見たら旦那もどうなるか…… あー恐ろしい。それではお元気じゃなくなることをお祈りしてます」

 サラは冗談っぽく笑いながら、手をふり視界から去った。


 なるほど、貴族なんかだと望まぬ子どもが増えるのを防がなければならないわけだ。そういう意味じゃこの薬湯は避妊具と同じ意味を持っているだろう。

 そう考えるとこの世界の医療や家族観は思ってた以上にに耕助世界に近い、ということだ。耕太が主張するようなハーレムは恐らくこの世界でもそうそうあることではないだろう。

 耕助は下半身を隠すように、上半身だけドアから突き出してカートを自室に引き込んだ。


 朝食はスミナの粥だ、添えられているのは昨日の召喚獣の肉だろうか。耕助は手早くそれらを食べると薬湯を飲み干す。

 案外飲みやすい、これは飲んだことがある。

(そうだ葛根湯みたいな味だ)

 

 薬湯は恐ろしいほど効果があった、ムスコはすさまじい勢いで萎えた。胃で消化してるとは思えない、きっと魔導かなにかの力が働いているに違いない。

 一生性的不能EDになるのではと恐怖するほどの勢いである。徹底的なまでにしゅんとしたムスコを見ると、不安な気持ちになる。

 だがそのおかげでどうにかこうにか会議の場に参加できるようになった。だが風呂に入る時間はなかった。


(おい暴れん坊、お前のせいだぞ)

耕助は自らのムスコを戒めた。

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