大召喚獣召喚
夕刻が過ぎると、いよいよイムザ邸周辺は祭りの活気を帯び始めた。農民たちが徒歩で、雑に鋳造された金の食器を片手に集まってくる。
領民は藁を地面に敷き詰め、大相撲観戦のようにぐるりと邸宅を取り囲んでいる。
皆かがり火を焚き、アヴァマルタが始まるのを待っている。
耕助と伊藤はその様子を邸宅の石塀の上から見下ろしていた。
「なかなか壮観じゃない、耕ちゃん。こりゃすごいよ」
この盛り上がり様はまるで野外フェスだ、そんな例えしか浮かばない。
耕助は自分が伝説的アーティストと同じステージに立っているような錯覚を起こした。
「鈴石殿、ここにおられたか。ここは一等席故、普通は貴族しか立つことが許されぬが、まぁいいだろう」
イムザを先頭にヘルサ、ダスクが塀へと昇ってくる。
「ダスク殿、いきなりで申し訳ないが、一つ演説を頼みたい。目的は戦意高揚だ」
「無論、拒みはできますまい」
「そうか、パロヌの軍神の言葉とあれば領民も活気づくというものだ。ありがとう」
イムザは満足げにうなずいた。
大抵、この手の場合の演説はしらけるものだが、ダスクのお手並み拝見といこう。
「皆の者!これよりアヴァマルタを開く、がその前にパロヌの英雄ダスク殿より一つ言葉がある、心して聞くように」
群衆が一機に盛り上がる。
勇ましく吠える男に、嬌声をあげる女。
塀の上にはイムザ、ダスク、ヘルサ、ジュセリがかがり火に照らされ立ち並ぶ。
そしてその端にちょこんと作業服姿で収まる耕助とラフな伊藤。耕助はなんだか自分が矮小な存在に思えた。
よく見るとS町一行がサラやコルに給仕され最前列で待機している、特別待遇というわけか。
もうすでに酒を飲んでいるらしく、渡は出来上がっているようだ。
尤も、最近の渡は真面目に『飲みニケーション』による偵察をしているので、酒に酔ったふりかもしれない。
「農民諸君! 諸君らには兵士、否それ以上に重責がかかっている」
ダスクは声を張り上げる、宴会モードの群衆が静まる。
一部の農民は平身低頭している。
(やっぱりお偉方の演説は失敗じゃないか)
耕助は心の中で文句を垂れる。
「諸君らは自覚しているだろうか、この魔王軍との戦いが人類存亡をかけた、生きるか死ぬかを決定する戦いであるということを」
老騎兵の声は驚くほど力強く、そして遠く響く。状況が錯綜する戦場において命令を下すために必要な才覚が今生かされている。
「本戦争は単なる権力者の争ではない。魔王軍は我々を絶滅するまで戦い、略奪し、犯し、殺戮するだろう。我々は負けてはならない。人類の存亡をかけているのだから」
農民は現実を突如突きつけられ、祭りに水が差されたように静まり返る。
耕助はダスクの演説が逆効果だと思う、これじゃ農民も気分が萎えるだろう。
「だが、農民諸君が一番知っての通り、今王国は絶対的な飢餓状態にある。我々は飢餓によって魔王軍に劣勢にある。戦線は膠着し、進むも退くこともできぬ」
イムザが苦い顔でダスクを見つめる、演説を頼んだのが失敗だったとでも言いたげな顔だ。
「だが、私が言いたいのは飢餓状態が回復すれば事態が変わるという事である。農民諸君ら、そしてこの異世界からの来訪者の奮戦をもってすれば我が軍は勢力を盛り返し、パロヌの奇跡以上の勝利を持ち帰ることができる」
ダスクが耕助と伊藤を手招きする、二人はダスクの横へと並ぶ。
「異界の方々だ、彼のもたらす食物はこの世界を変えるだろう。魔王軍との戦いの新戦力である。そしてそれを植え付ける諸君は、正しく人類存亡をかけて戦う先兵なのである。そのことを胸に刻み、誇りを持ってほしい、持たねばならない。わかるか」
農民たちがやや気色ばむ。
「私が率いた騎兵は間違いなくパロヌにおいては主力であり、奇跡の源であった。次は諸君らがその責を担う。もう一度奇跡を起こすには諸君らの力が必要だ。敵を殺すことだけが戦争の全てではない、農民諸君の奮戦こそ今次戦争における最大の軍功となるだろう」
「問おう、諸君らは今、世界を救わんと望むか」
「応」
塀の下にいた老兵が叫ぶ、農民たちはたじろぐ。
「もう一度問おう、世界を救わんと、家族を、郷里を救わんと望むか」
「「応」」
今度の問いには農民の一部も答える。
「世界を救わんと望むか、愛しき者を魔王の手から守るために」
「「「応!」」」
割れんばかりの叫びが地鳴りのように帰ってくる。
ダスクはその様子を見、満足げに退いた、イムザが入れ替わる。
「諸君、話があった通りだ。魔王軍との戦いはあらゆる側面で進行する。諸君らの奮闘に期待する。これよりアヴァマルタを執り行う」
農民から歓声が挙がる、耕助も期待が高まった。
「我、アノンの血を受け継ぐ者、統治者にして魔導の求道者。今、神農の発起において召喚を持ってその可否を問い尋ねん」
イムザが唱える。ペスタ、コルと比べるとずいぶんと短い詠唱だ。詠唱時間の短縮、それが一種の魔導の力強さを表しているのか。そんな事を耕太が口にして居た気がした。
集まった農民たちは平服している、壮観だ。まるで巨大宗教の祭事のようである。
巨大な光球が天空に現れ、徐々に地面に近づく、目にきついものを感じる。
横を見るとジュセリは敬礼し、光に敬意を示している。いよいよ地面に光球が近づくと、まぶしさのあまり耕助は目を手で覆った。
召喚獣を食らう祭り、アヴァマルタ、召喚獣を召喚する儀式が今正に始まろうとしている。
光が収まるのを感じた、耕助は手をのけて覗き込む。
塀の前に現れたのは白い龍だった。どちらかというとアジア圏の龍の顔つきである、洋風のドラゴンではない。
「マ、マンダだ・・・・・・」
耕助はつぶやいた。
農民からは大歓声があがり、イムザ、ダスクも満足げに顔を綻ばせる。
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