露見
伊藤がシンパから借り受けた一軒家、その裏手に倉田はいる。服装はこちらの農民のものを着込んでいる。簡単な変装だ。
倉田はジャガイモの試験農地から帰ってから休みも取らず、すぐさま行動つまりガサ入れに移した。
倉田をここまで大胆な行動に駆り立てるのは二つの理由があった。
一つ目の理由は伊藤が本当に革命を起こす気があるか探ることだ。
もし革命の意図があるなら何等かの痕跡があるだろう。それさえ得られれば倉田は満足だ。本物の『敵』を見いだせるのだから。
探すのは決起文や覚書、その他革命を思わせる証拠である。伊藤は潜伏に長けている、革命の意思を日常から探るのは困難だろう。したがって、何らかの物証を探る、この手しかない。
二つ目の理由は今日、伊藤がイムザへの謁見で不在だということだ。
伊藤はここのところずっとイムザ宅に通っているらしい、どういうつもりがあるのが。
(最初はイムザに対し露骨に嫌悪感を出していたではないか、それが今になってどうして)
疑問は尽きない。
アノン家から割り振られた門番には見つからたぬよう、慎重に庭を進む。
S町としては小さい分類に入る畑を横切り、住居へと向かう。
二階建ての何の変哲もない建物だ。
だが過激派にはアパートに地下室を作り、さらに其処で爆弾づくりをしていた猛者もいる。気を緩ませてはならない。
倉田は簡単なピッキング技術で裏戸を開く、カチャリと音がした。中からは農家の匂い、堆肥と土が積み上げられている。
(召喚前までは真面目に農業にいそしんでいたのだろう)
倉田は推理する。
(それにしても数奇な運命だ。土地を借り受けた結果が異世界か、伊藤はどう感じているのだろうか。少なくとも最初はイムザに怒りをぶつけていたはずだ、それを軟化させたのは何なんだ)
(今考えるべきことではないな)
倉田は頭を振り本来の仕事へと意識を向ける。
裏口からつながる納屋は目的地ではない、するすると家の中を抜け寝室、書斎を探す。
寝室には特に物証はなかった。
天袋には社会主義にまつわる本が隠されていた。だが、それだけでこの世界での革命とはすぐには結び付かない。
そんなもの革命家崩れどもでも漁れば出てくるよくあるアイテムだ。
しかし、隠匿しているあたりまだ彼は『活動家崩れ』なのではなく『活動家』のつもりなのだ。
『活動家崩れ』はこうした本を臆面もなく書棚に並べる。なぜならば言論の自由が保障された日本において、こうした書籍の所持で逮捕される言われは無い。
一方『活動家』というのは未だに活動を続けるため、そうした書籍はしまい込む傾向にある。伊藤は後者だ。
(やはり何かしらの意図があるのか……?)
この点は心に刻まねばなるまい参考証拠だ。重要とまではいかないが伊藤の行動を推し測る基準になる。
(これ以上の探索は無駄そうだ)
倉田は寝室を出ると書斎に移る。
大きな本棚に一般書が大量に陳列されている。異世界に使えそうな農業の本やら、はやりの兵法本も交じってはいるが、基本的『無害』なものばかりだ。
(――フェイク、だ)
ここに決起文やら覚書でも隠されていたら一日かかりで調べなければならない。背表紙が擦り切れている順番に本を取り出し、中を漁る。
十分ほど経ち、きっとここにはないだろうと見切りをつける。
伊藤がイムザ邸で晩飯を済ますとしても、時間に余裕はない。倉田は本棚をあきらめ、机の引き出しをあさる。
作業のわりに時間だけが過ぎていく。
(クソ)
既に侵入して一時間が経とうとしていた、晩飯の時間だろう。
引き出しの裏をあさったその時、確かな触感があった。机に潜り込み、中をうかがう、一枚の真新しい紙が貼りつけてあった。ポケットライトで照らす、特にトラップのようなものは見当たらない。紙を机に貼り付けたセロテープを慎重にはがす。
出てきたのはアジテーションの草稿だった。
イムザ家を批判する内容、その上にバツ印が書かれている。そして『彼らは信頼されすぎている、アノン家批判は農奴との乖離を招く』と注釈が書かれている。
その上から農民の重要性を説き魔導による支配を批判する内容に書き換えられている。
その上から「ジャガイモの普及を前提とする」とも注釈。
アジテーション、すなわち決起声明文。この男は見込み通り革命を『起こしてくれる』真の敵なのだ。倉田は獲物にありつけた喜びのあまり、警戒を怠った。
倉田は警官人生で初めて『主敵』と言えるだけのホシを掴んだ。
それも異世界で、敵は革命を志している。倉田にとってこれほど『嬉しい』ことはなかった。
倉田の背後でゆっくりとドアが開く音がした。
「いやはや、どうしたのかな。不思議なこともあるものだねぇ、泥棒さん」
穏やかな老人、伊藤の声が背後から聞こえる。伊藤の言葉には不敵な力強さがあった。
倉田は驚くでもなく窓を破り逃走しようとする。今ならば身元はバレていない。
が、伊藤が手にしているモノによって静止された。
「動かない方がいい、この距離なら外さないよ」
伊藤の手にはニューナンブが握られていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます