親子と老騎兵
耕太たちがS町へ帰還し、一日が経った。耕助はまもなくS町にさしかかる頃だった。
ゴブリンと戦闘を経た耕太への不安が耕助にはあった。勝利を過剰に喜んでいないか、他人の手柄を誇っていないか、逆にトラウマを抱えていないか。
異世界に来ていただけであんなにはしゃいでいた耕太だ。戦闘に勝ったとなれば当然喜ぶだろう、自信過剰になるかもしれない。
それで終わればいい、だがそれが結果として
倉田は楽天的にことを言っていた。男は置かれた場所で変わるんだとか、男は三日会わざれば、とか。
だが、あれは他人だからこその意見だ。自分の子供の問題となれば不安になるのが親心というものだろう。
耕助は藤井と倉田を農協事務所へと送り届けると自宅へと向かった。その道のりは長く感じた。
耕助が帰宅するなり、エアガンを担ぎ走る耕太が出迎えた。
隣では一緒に拓斗が本物らしい銃を掲げ走っている、ちょうど家の目の前だった。家の立哨についた寡黙な老兵士が物言わずそれを見守っている。
「あ、親父、お帰り」
息も絶え絶えになりながらも、何とか耕太は言葉を紡ぎだす。
「お帰りって、何してんだお前。筋トレとかそういうキャラじゃないだろう」
もともと体は貧相ではなかったが、汗をかくような真似は嫌いだったはずである。少なくとも筋トレをするタイプの人間ではない。
「何ってハイポートだよ。モンスターと戦うなら体力必要だと思うし、野良仕事でも役立つでしょ」
意外だった、拓斗に強制的に付き合わせれているのかと思ったが、そうでもないらしい。むしろ、積極的なニュアンスすらある。
体力増強か、確かに必要なことだが…… 耕助は車に寄りかかりながら、タバコに火をつける。
「まさにその通りだが、どうしたお前」
「戦闘でね、死生観というか、そういうのが垣間見えてね。それで」
耕太はようやくエアガンを丁寧に地面へと置いた。
「なんかゴブリンとか、BB弾とか全部がスローモーションで見えたんだ、その一瞬で生き死にが決まると思ったら…… 怖いのもあるけど、強くならなきゃって思って。拓斗にトレーニングに付き合ってもらっているところ」
(死生観!)
そんな言葉が出てくるとは思わなかった。それにその道の先達である拓斗に教えを乞うという道筋も悪くない。
(男三日会わざれば、というやつか)
いちいちメイドに悶絶し、フヌバに歓声を挙げ、魔導に興奮した耕太の姿はここにはない。ゲーム脳でも、異世界転生だけで大喜びしていた姿もない。
「戦闘」という切り口からこの世界に向き合う耕太がいる。
(耕太はすでに男の子から男へと変貌を遂げつつあるのかもしれない)
耕助にはそんな気がした。
「だけど、勇者ってのがそのお前の夢だったろ。そのためのトレーニングなのか」
これが耕助最大の心配だ。ジャガイモを耕せば日本に戻れるのにどうしてそれ以上首を突っ込みたがるのか理解できない。
「冒険、勇者以前の問題だよ、これは。ハンティングとか、現世組を守るために銃を使える人間は多いほうがいいけど、今の俺じゃ長距離行動もむりだもん。まずは体を鍛えてからのはなしだよ」
耕太は息を整える。
「俺、まだ勇者とかに憧れとかあるけど、その前に生きなきゃって思ったんだ。この世界じゃきっと日本と違って簡単に死んじゃう。生き残るには沢山の能力が必要。で、これもその一環、そのうち射撃練習もするんだ」
まだ、勇者はあきらめていないらしい、だが現実的な問題にとりかかり始めている。これは大きな前進と言える。勇者じゃなくたって体力はあったほうがいい。
(俺が異世界でジャガイモを植え付けている間に、耕太はこんなにも成長したのか。前ならまるでゲーム脳だったのが、今じゃ立派に現実を見てる)
耕助はジーンと胸が熱くなり、耕太を抱きしめる。
「やめろ、親父。汗臭いって、ハグは女の子以外受け付けない主義だ!」
父の腕の中で耕太はもがく。
「そういえば、耕太のおじさん、お客さんが来てます」
拓斗はスクワットを止め、汗を拭く。
「お客さん? イムザさんかい」
「いえ、それが全く違う貴族、というか軍人です」
「どこから来た人? 軍人って言われても私は軍事なんて全く……」
軍事は門外漢だ。
「いや、ジャガイモについて聞きたいらしいですよ、名前は何だっけな……ダ……」
スクワットで酸素が足りない血液を必死に脳に回すように拓斗が考え込む。
「失礼ながら、申し上げさせていただきます。お客人はダスク閣下です」
家の番兵の老兵士が初めて口を開いた。
「閣下……将軍以上ですか。凄いな、将軍自ら視察ですか」
拓斗がつぶやく。
「パロヌ塩湖会戦の立役者、騎兵育ちの青銅貴族、。名声が最も高いお方です。あのお方のおかげで救われた命も多い。今や軍神です」
老兵士は丁寧に説明する。
「ダスク閣下は長躯こちらへと駆け付けられました。明日にはご面会できるよう手配いたします。耕助様もお休みのお時間が必要と思われますので」
老兵士はどちらかと言えば執事のような印象を持たせる口ぶりだ。
「皆様お疲れでしょう、邸宅の温泉に入られるといい。馬車を用意いたしますか」
「いえ、結構車でいくので。お気持ちだけ頂戴します」
汗まみれの耕太と拓斗を乗せ、電気自動車はイムザ宅へと向かう。
「それで、敵はどんな奴なんだ」
耕助は耕太たちが魔王軍と交戦したこと、圧倒的勝利を収めたことしかしらない。
「ゴブリンっていって緑の小鬼みたいなやつ。槍を持ってた。武器を使う知能と仲間内でコミュニーケーションは取れるんだって」
耕太はちょっと前なら興奮して説明しただろうことを、冷静に話す。
「ミサリって護衛の人がゴブリンに殺された死体を見つけて、それで先制攻撃はされませんでした。でも体長百五十センチと小さいから長距離で目視しづらいですね」
拓斗が詳細を加える。
「あいつら人肉を食うんです、負けてたら今頃自分たちは胃袋の中です」
人食いか、異世界は残酷だ。それに触れ耕太は変ったのだろうか。
人肉を食らう化け物が跋扈する世界。想像もしたくない、耕太が想像していた異世界はこんなおぞましい世界だったのだろうか。
ひょっとして耕太の変化はショック療法なのかもしれない。
もしかしたら耕太もその人肉喰らいの惨状を見たかもしれない。
(トラウマを作っても大変だ)
耕助はそれ以上深堀りしなかった。
車はアノン宅へと着いた、もう顔パスで館に入れる。車を浴場へと横付けし、降り立つ。
この温泉の「女将」ミリネアが出迎えた。
「いらっしゃいまし、お疲れでしょう。さ、どうぞ」
浴槽には先客がいた、筋骨たくましい老人である。
体の汚れを落とし、風呂につかる。
「ここの家訓は自由がモットーらしい。だが、貴族に挨拶もせんのか」
老人が憮然として立ち上がる。
「いえ、私たちは領民ではなく……なんて説明すればいいんだろう」
「異世界人です」
返答に困る耕助に、耕太は端的すぎる助け舟を出した。
「異世界人。おお、貴殿らがノウキョウという集団だな」
老人が合点がいったように湯につかりなおす。
「ワシはダスク将軍だ、異界の方々よ歓迎する」
拓斗は飛びあがり、敬礼した。やはり異世界でも階級は大切なのだろう。
「さて、異界の方々よ。ワシはこの世界を救うため、兵糧を任されることとなった。グンズは戦略と統率しか眼中にないものでな、今後よろしく頼む」
老兵士は力強く腕を差し出す、耕助はそれを握り返した。
「農兵の管理もワシがする、必要な帰農も視野に入る。とにかく、前線に兵糧を運ぶためなら可能な限り意見を聞きたい、それがワシの使命だからの」
この異世界とジャガイモは複雑に絡み合い、世界を変えていくこととなるのである。グンズもまた、ジャガイモにより数奇な運命を辿ることとなるのであった。
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