耕太の変化

「何故あの時敵ゴブリン殲滅を決心した、撤退も可能だったろう」

 ごとごとと揺れるRVでミサリが鈴木に問う。車は森からの離脱を目的に燃費度外視で走ってる。きっと、今日中には帰れるだろう。

「連中が長距離偵察であり、なおかつそれなりの戦略眼があるという前提の話なんだけどね」

 鈴木は前置きをつけて話す。


「連中が欲しがっているのは情報だ、その中でも一番欲しい情報ってなんだと思う」

「当然軍事機密だろう、それがどうしてここと関係ある。幕僚に近づく……否」

 ミサリははっとした表情になる。

「農協とジャガイモの情報を手にされるのを防ぐためだったのか」

 農協が軍事機密とはなんだかシュールだけど、その通りだ。今やこの王国を救うのはジャガイモ、農協だと皆信じてやまない。

 耕太としてはすこしダサいから嫌なのだけども、事実だ。


「半分正解だ、後はあそこと事務所は車で一昼夜と距離も近い。連中その内農協を襲ったかもしれない」

 鈴木は車を止める、その先にはボロボロの木の橋が立っている。車を転移させる必要がある。


「うちらの世界の死生観じゃ死人が一人でもでたら、この計画はおじゃんだ。きっと農家のじいさんはサボタージュをやるだろうな、恨み言を漏らし、恐れをなしてな」

 絵面は容易に浮かんだ。一人でも死人が出れば、この召喚自体に不満をもった人間が何かしらのアクションを起こす可能性は十分にある。


「そうなると早いところ帰還したい私が困るわけだ」

 鈴木はもっともな理由を口にする。

「それにこちら側の人間を無為に殺させるのも不本意だ」

 言葉は軽いが、彼の口ぶりにはどこか重いものがあった。


(それにしても、なんなのだろうこの感覚)

 ゴブリンとの戦闘後から、耕太はどこかおかしかった。

 神経が過敏になった、とでもいうのだろうか。


 車から降りたとき、それがはっきりした、地面と足がかみ合っている、そんな感じがする。

 車が向こう岸まで転送される、魔導もすこし見慣れてしまった。耕太一行はところどころ床に穴が開いている橋を歩いて渡った。


 農協事務所にRVで着いた。

 一行は荷車で各家に送られることとなった。なんだか兵士たちは静かに、だが物々しい雰囲気を醸し出している。察するにゴブリンの襲撃に警戒している。


 荷車で送られた時の振動も生生しく、車軸のゆがみも手に取るように感じられた。

 対面で座っている拓斗もどこか神妙な面持ちで座っている。なにかを気軽に話す気にはならないし、向こうもきっとそうだろう。

 二人は無言のまま家へと着いた。


 耕太は電気もつけず、ぼんやりと天井を眺めていた。

 初めての戦い、それも完全勝利の歓喜。それが耕太の思考を占めている訳ではないのは明白だ。


 この戦闘を通じ、この世界には死が耕太の世界よりもずっと身近にあることに今さら気が付いた。ゴブリンに殺され、食料になった兵士たち。そしてその腕。

 耕太にとって死とは、老人や不慮の事故によってもたらされるものであり、ある意味「天寿」といえるものであった。しかし、この世界はそうはいかない。


(RPGみたいなご都合主義はないんだ)

 役割は必要だ。戦闘職、補給、回復――、現代の軍隊も役割が区分されている。今回の探検隊なら鈴木がリーダー、拓斗、ミサリが兵士…… だがゲームじゃない。

(このファンタジーはリアルなんだ)


 ゴブリンの腰蓑につるされた手足が証明した、この世界では簡単に死ぬということを。しかし、不思議なことに恐怖感にとらわれていない、戦闘への嫌悪感もない。

 

 だが頭の中で様々な『もし』が飛び交う。

『もし鈴木や拓斗が転生していなければ』

『もし彼らが銃を外していたら』

『もしゴブリンの中に飛び道具を使う奴が居たら』


 様々な考察の答えは一つ。

(俺は死んでいたかもしれない)


 だが、恐怖感はない。そして別の『もし』が頭をよぎる。


『もし耕太が持っているのがエアガンじゃなく実銃だったら』


 その場合、ゴブリンに飛び道具を持った連中が居てもそれなりに戦えただろう。

 伏せ撃ちをすれば大抵の事は片付いた筈だ。


(親父は反対するかもしれなけど——やっぱり銃がほしい)

『万が一』が今回起きた、戦闘がまた待ち受けているかもしれない。

 その時、自分の身くらいは守らなければならない、都合よく護衛役が居合わせるとは限らない。


(少なくとも体は鍛える必要があるな)

 どうせ野良作業をやらされるのだし、基礎体力がなければ長時間銃を担ぐことも難しい。そうなると銃を持つ、持たない以前の問題だ。


 そうだ、拓斗に筋トレ法を聞きに行こう、自衛隊だし当然知っているはずだ。

 耕太が部屋からでた瞬間、居候の拓斗と鉢合わせした。

「どうしたんだ」

 先に尋ねたのたのは耕太だった。

「いや、一緒に筋トレやらないかって誘いに行こうとおもって」

 渡りに船とはこういうことをいうのかもしれない。

「ちょうど俺も筋トレの方法聞こうと思ってたんだよ一緒にやろうぜ」

 すでに夕日がすっぽりと地平線に吸い込まれ、薄暗がりがあたりを支配していた。


 一緒にやろうという言葉に後悔した。拓斗がこなすメニューは想像以上に厳しかった、一番厳しいのは姿勢だ。

 腕立て伏せでもスクワットでも、いちいち筋肉に最大の負荷がかかるように姿勢をとる。

 おかげで30回もこなせない、せいぜい20回がいいところだった。


「楽な姿勢に変えてもいいから回数こなそう」

 拓斗はそう言ってくれるが、その楽な姿勢も苦痛だった。

 アドバイスで膝を床につけて腕立て伏せをしても、それでも負荷がかかる。


「腕立て伏せは上半身の重みを腕、肩、胸で支えるからバランスよく鍛えられるんだ」

 拓斗は隣で地面に顎をつける驚異的な腕立てをしながらアドバイスする。


 それに、腹筋、スクワットが加わりメニューが終わった。納戸にしまってあったスポーツドリンクを二人で飲んだ。爽やかな味わいだった。


 そして家の前にいる門番に風呂に行きたい旨を伝えた、戦闘後の二人を丁重にもてなすように命じられたのだろう、すぐさま荷馬車を用意するとのことだった。

「今度からランニングかねて昼間にイムザさん家行こうか」

 拓斗は悪魔的発言をつぶやいた、これ以上の負荷は耕太にとっては耐え難い。


「いきなり筋トレしようってどういうことだよ、珍しいな」

 縁石に腰かけた拓斗が問いかける。

「この世界でさ、生き残るためには筋トレが必要かなって。HPとかVITとか関係ない世界じゃん」

 拓斗はさわやかに笑う。

「ゲーム脳かよ。ま、正しい判断だな。筋肉は正義! 」

 拓斗はしなやかな筋肉で力こぶを作って見せた。


「それで、拓斗はなんで俺を誘おうとしたの、同じ理由? 」

 遠くにかがり火を付けた荷馬車が近づいてくるのが見えた。

「いいや、別の理由」

 スポーツドリンクを飲み干した、拓斗は首を回す。

「今日の出来事に現実感がなくてさ、本当に敵を撃ったんだって思うと……」

 拓斗はそのあとに続く言葉を探している様だ。


「現実感がない? 」

「そうそう、それそれ。耕太はどうだった」

「いや、むしろ現実感しかないというか……何もかもが生々しい感じがして。触れるものの質感がこう、ぞわっとするような」

「へーぇ。そうなんだ」

 拓斗は興味深げに耕太の顔を覗き込む。


 荷車がついた、が、正確には荷車ではなかった。

 天蓋付き、漆塗りの立派な馬車だった、きっと予想外の戦闘で気を回したのだろう。アノン家も大変だ。


「俺は逆になんか、チープに思えたんだけどな戦いが終わって」

 拓斗は体をひねり、ストレッチをする。

「銃という武器さえあればなんとかなるのかもって思ってな」

 拓斗は今回の戦闘で自信をつけたようだ。


だが耕太はどちらかと言えば拓斗の意見には賛同できなかった。

(この世界をご都合主義のファンタジーだと考えるのは辞めよう、残酷な事もおこりうる現実なのだ。勇者とかそういう「伝説」でなく、生き残ることが最大の目的なんだ)


「銃は確かに強いよ。だけど慢心は」

「死亡フラグだろ? わかってるよ、とりあえず風呂入ろうぜ。今後のことも話したいし」

 二人は軽く汗を拭いただけで高級馬車へ乗り込んだのであった。


 耕太は変化した、父の想像を超える形で。ファンタジーをリアルに捉え、この世界の死生観も身に付けた。死生観を現代日本において会得するのは難しい、ファンタジーの世界だからこそ身に付けられたものだ。耕助が耕太を受け止められるのか。それは親子のわだかまりにつながる可能性があるできごとであった。

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