二つの不安
『西』から昇る神秘的な来光に朝靄に原始林が照らされる。
日本も異世界も農家の朝は早い、一同はすでに起きていた。
ゴランはスミナ粥をすする手を止め、ポンポンと耕助の肩を叩く。
「スズイシさん、息子さん初陣だろう。怖かっただろうから先に帰ればいいべ」
ゴランが余裕ありげな目で告げる。
「それに昨日と同じ作業、収穫をやるだけならオラたちでもできる」
ゴランは農民の矜持を精一杯示すように胸をはった。
「お気持ちはうれしいのですが……」
(まだ、やり残した、伝えていないことは無いだろうか)
耕助は振り返る。
「私もお手伝いしますから、どうぞお気になさらず」
耕助がサブリーダーに配置しようと考えているミリー、彼女もゴランの意見を後押しする。
「なに、いざとなれば転移魔導で質問書を送る、気にしないでくれ」
ペスタも力強く賛同した。ずいぶんと農業に積極的になってくれたんだなぁと耕助は感慨にふける。
(いいことだ、一人でも仲間が増える、この異世界の地にあってこれほど心強いことはない)
「ではお言葉に甘えて、そうさせていただきます」
耕助は頭を下げる。
「お前ら、しっかりやるんだぞ。これがうまくいきゃ村が助かるんだから」
藤井が低い声で、言葉の割に丁寧な口調で激を飛ばす。
農業に関心をもったペスタが残留し、ジャガイモや道具を農協事務所に転送することになった。
コルが耕助達と同行し、電気自動車を転送する。当然、護衛の倉田は耕助一行に同行することとなった。
藤井は残留したがっていた。が、帰り道はサスペンション無しの荷車に乗るを嫌がり結局電気自動車で帰ることにした。
だんだんと昇るご来光を拝みながらコルと現世組は出発した。一昨日から車や荷車が走ったおかげか、わだちが走りやすくなってる。
皆、耕太のトラウマとかそういう心配をしてくれているのだろうか。それとも異世界人だからこその特別待遇なのか。
(皆耕太の心配をしてくれていた。案外死生観は現代日本に近いのか? そんな訳はないか)
戦闘に関して、耕助が知っている情報は少ない。
(恐らく鈴木の銃だ、アレが決戦兵器に違いない。耕太は手を下す暇もないだろう)
(そうなると今度は「俺も銃を持てば活躍できるんじゃないか」と耕太は考える、多分。当然、奴は小躍りして銃を担ぎたがるだろう、そして鈴木は認めるに違いない。 ハンター仲間が欲しいのだ、自衛の為にも射手は多い方がいいとも言っていた)
耕太が銃を持つということが問題だ、銃は危険が付きまとう。あいつにそんなものを持たせて大丈夫か。それに、調子こいて勇者になるとか言い出さなければいい。
逆にトラウマを抱えた可能性もある。残念ながら精神科医はいない、この世界の住人でも現代日本人のメンタルケアをできる者はいないだろう。
「ペスタさん、変わりました」
コルが後部座席で足をプラプラさせながら呟く。
「なんだか置いていかれたみたいな気分です」
「置いていくもなにも、今回の試験はコルちゃん抜きじゃ全然うまくいかなかったべ、な」
藤井が耕助に同意を求める。
「確かに、どうしてそんなこと思うんだい」
「私もすこし、農業をやるのにはちょっと抵抗感があるんです。魔導って別のジャンルから」
ふむ、これは農業と魔導という重要なテーマだ。魔導士全体に付きまとう問題かもしれない、多少掘り下げて聞いてみるか。
「そもそも、魔導士はなんで農業を嫌うんだい」
この世界の魔導士の農業への姿勢は気になっていた。
「魔導は空中の魔導波を使います、一方農業は土で育てます。その点からして私は全く違うジャンルだと考えていたんです」
コルは躊躇わず、はっきりと答えた。
「畑違いだと、思うのか」
コルは無言でうなずく、まぁわからんくもない理屈だ。
「ペスタはその理屈を一つ乗り越えたんだ、それが置いて行かれたと感じる理由かもね。そのうちコルちゃんもな慣れるよ」
耕助はタバコに火をつける。
「そんなものなのでしょうか」
「そういうものだって、安心しな」
耕助の言葉はただの同情ではない。一人でも仲間が欲しいという打算に基づいたものである。
さて、一回目の車の交換だ。全員が下車してコルが転送魔導を使うのを待つ。
S町一行はちょっと離れたところで煙草タイムとなった。
コル以外の全員がタバコに火をつけた。煙が旨い。しかし、耕太は無事なのか、一刻も早く帰りたいという気持ちが増す。
「鈴石課長、耕太君はきっと心配ないですよ。男というのは置かれた場所で変わる物です」
倉田が不安を察知したのか、耕助に語りかける
「でもその置かれた場所ってのを誤解してそうで…… ゲームか何かと間違えてるんじゃないかって」
そう、耕太はこの異世界がゲームや漫画の世界と勘違いしてそうな雰囲気がある。トラウマを抱えるのも怖い、だがこの世界を間違って解釈する方がよっぽど怖い。今後の耕太がどんな方針を打ち出すかに大きく影響する。
(冒険がやりたいなんて言われた日には、俺はどうなることやら…… )
「その点ですよ、正に。彼は若い、それにこの世界の知識もある、伸びしろは十分ですよ」
倉田はボトルに残っていた水を飲み干す。
「後は動機さえあれば自分の道をすすむでしょう」
「動機だなんて物騒な……」
元特殊部隊の隊員が動機なんて口にすると、殺人とかを想像してしまう。
「違う違う、やりたいことという意味です。彼はまだそれをこの世界で見つけ出してない」
「例えばこの世界から絶対に生きて帰る、とかそういう類のものです」
倉田が付け加える。
(倉田の動機はなんなのか、少し気になる)
「耕ちゃんはどうなのさ。この王国とやらにずいぶんと御執心のようだけど」
藤井がニヤニヤと笑いながら問うてくる。
「確かに、妻を向うに残したままでは死ねませんね。絶対に嫌です。でも――」
S町を救えなかった耕助は、この王国を救いたいと思った。
過疎化で『滅んで』でしまった故郷に、この王国を重ねているのも確かだ。
「この王国を救いたいのも確かです。S町が中心となって王国を復活できたなら、S町もまだまだ捨てた物じゃないなって思えるかもって……」
藤井は突如として大笑いしはじめた。
「やっぱり似た者親子じゃねぇか」
「どこがですか」
「だって、普通別世界の国助けたいとは思わんべさ」
倉田もうなずく。
「勇者や英雄の耕太君、農家としての課長と立場は違えど結局目標は一緒なんです」
「でも私はこうダメになったS町とこの王国が重なってどうしても……」
確かに彼らの指摘は間違っていない、耕助の反論も弱弱しい。
「それは動機の違いだけですよ、耕太君とあまり変わらない」
倉田は吸い終えたラッキーストライクを靴でもみ消す。
コルの元に充電済みの電気自動車が届いたのが見える。新しく取り出した煙草を火をつけずに耕助は胸ポケットにしまう。
「男子三日会わざればともいうじゃないの、ちょっと期待してあげてもいいんじゃない」
「意外と皆さん、耕太のことを評価してらっしゃるんですね」
耕助にはちょっと意外だった。
「だって、この世界のこと一番わかってそうなの耕太君だし、若いもの。そうでしょ」
「そうですね、それが強みです、もうちょっと評価してあげてもいいんじゃないですか。伸び盛りなんですし」
倉田は自動車へと踵を返す。
「皆さん、車がつきました。出発しましょうー」
コルの声が聞こえる。
(伸び盛りか、どう接すればいいか、いよいよわからない。兎に角、あいつと会ってみないことには話にならないな。)
耕助は車へと足を向けた。
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