ぺスタ、転向

 芋もち、耕助世代は実はそこまで食べたことがない。

 これは旨い北海道米がそこまで流通してなかった時代のものだ。米の代わりで主食のポジションだったものである。そう北海道米はわりと最近まで不味い米の代名詞だった。

 藤井はいももちを結構消費していた世代だろう。


 食べた経験の少ない耕助でもイモモチの作り方くらいわかる。

 そんなお手軽料理だ。ゆでて、つぶして、焼く。たったこれだけ。片栗粉はいらないだろう。

 今日のイモモチは異世界での応急処置的料理だ。


 背後でピカッと閃光が走る、振り返ると必要な道具がそろっていた。先ず大釜に大量の水、金の鉄板、薪、ボウル、それに擂り粉木。

(後は塩と……あったこっちの世界のバター!)

 昨日の夕食に食べたヤギのような肉、乳製品はあるだろうと耕助は踏んでいた。


「どうしたんですか、そんな嬉しそうな顔をして」

 コルが不思議そうに耕助を伺う。

「イモモチの三種の神器のうち一つが降臨したんですよ」

「三種の神器……なんと、そんなに重大なものだったのですか」

 そう、醤油、バター、チーズはイモモチ三種の神器だ。


 藤井が率先して農民達とイモモチを作っている。耕助は農民達を彼に任せ、ペスタを呼び出した。理由は一つ、農民精神を叩きこむことだ。


「ペスタ、今日の作業を終えてどうだ」

 なんだか、不良生徒を呼びつける生活指導の先生みたいな雰囲気に切り出し方になってしまった。

「それはどういう意味でしょうか」

 耕助の態度にペスタはすこし身構え、質問に質問を返す。確かに質問のしかたが雑だったかもしれない。

「何か思う事はないか、魔導を農業に使ってみて」


「そうですね、農民がするべき仕事をかなり担った…… と思います」

 オッドアイの女は躊躇いがちに言葉を紡ぎだす。下手をすると自らのプライドの琴線に触れる重要な部分だ。言葉選びも慎重になるだろう。

「ただ、それは土地の所有者たる領主の仕事です。スラッタ派魔導師、武人の誉れではないかと」

 やっぱりか、農業体験も彼女の心を解きほぐすには不十分。

 だが、農業への貴賤云々から抜け出してはいる。領主の仕事、つまり農業は貴族が担う仕事であるということは認識してくれたみたいだ。


 きっと彼女の心はポニーテールの様に揺れている。魔導を農業に使うのは許容されるか否か、ここは押し時だ。


「昔、僕たちの国は補給を軽視して戦争に負けたんだ、何百万と人が死んだ」

 耕助は煙草を取り出し、火をつける。太平洋戦争に関する知識は歴史ドキュメンタリーの受け売りだが、ペスタには効くだろう。

「首都を焼き尽くされ、一瞬にして都市が滅ぼされた。結果、無条件降伏。国家としての機能を敵国に一度は吸収されてしまった。このことがどんなことを表すかわかるかい」

 ペスタは息をのむ、武人としては無条件降伏とは全くもって恐ろしい想像になろう。


「今、この王国は農民から徴兵しているんだろう。その穴埋めで農業の効率を上げるのは立派な戦争行為だと思う。戦争って戦うだけじゃない、複雑な営みなんじゃないかな。武人、武人というけども、今日の君は戦闘はしてなくても立派に戦争行為はしている筈だ」

 この耕助の言葉は自分にも効いた、耕助は今ただ農業をしているのではない。(ジャガイモで戦争をしているんだ)


「その話は先日も聞いた、納得もする。だが、どこか当てはまらないのだ」

 苦悶の表情を浮かべ、ペスタがしゃがみ込む。これまでずっと直立不動だった彼女が珍しい。

 次はペスタに語らせてみよう、この状況ならなにか聞き出せるかもしれない。

 耕助は試しにペスタに煙草を勧めた。

「煙草か、小氷期に入って育たなくなった希少品だ。有難く頂戴しよう」

 メイド服、ポニーテールと煙草がアンバランス。


 悩まし気な表情を浮かべるペスタを気にも留めず農民達は歌を歌っている。収穫祭の時の歌の様だ、それを歌いながら茹でたジャガイモをつぶしている。

 煮、焼きに使う焚火が明るくあたりを照らし出す。闇夜を照らす明かりは畑に影をくっきりと映し出している。


 紫煙を吐き出したペスタは毒を吐き出すかのように語り始めた。

「私の家、いや流派は取った首の数で存在価値が決まっている。私はスラッタ派導師長の娘だ」

「まぁそんな気がしていたよ」

 それなりにプライドがある出自なのだろうと推測していた、が流派の娘とは恐れ入った。だから武人やら戦功やらと固執していたのか。

「だがな、スラッタ派は今回の魔王戦ではなかなか戦果が挙げられていない。そもそも雑兵しかおらぬバケモノ相手では、なかなかな」

 魔王軍には雑兵しかいないのか。だとすれば敵将を討ち取って武勲を挙げるなんてのは至難の業かもしれない。


 ペスタの煙草を吸う姿は様になってる。

(こっちの世界にも煙草はあるのかもしれない)

「私は悩んでいた、このスラッタ派に明日はあるのかと、導師長の娘として」

 エリートの娘か……いい面でも悪い面でも影響はあるだろう。彼女を戦に縛り付けていたのはそのコンプレックスだったのか。


「スズイシ殿は私を戦バカだと思っていたんだろう、きっと」

 振り向き、まっすぐこちらを見据えるペスタの視線に動揺する。

「やっぱりな、私は流派の将来についても悩んでいたんだ」

 ペスタは星空へ向かって一筋に煙を吐き出した。


 そこまで『きちんと』悩んでいるのなら答えは一つだ。

「私は君に農民になれという訳ではない、ただ君の希望を叶えるのなら農業に従事するのが一番だと思う」

 別段、これからもペスタを利用したいがためではない、耕助の本音だ。


「君の家のような考え方が戦場で主流なら、今、この飢餓で王国軍は不可視の大打撃をこうむっているだろう。今まで軽視してきたもの、補給に足を掬われているんだ。それをどうにかしたいのならなりふり構わずできる事からやってみる、そうじゃないか」

 耕助は新しい煙草を取り出す。


「僕の守ろうとした故郷はね、その見えないダメージが蓄積していって、気が付いた時にはもうなりふり構う体力すら残ってなかった」

 S町はいつの間にか若者がどんどんと流出していった、最初は出稼ぎ、進学だと思っていた。だがそうじゃなかった、確実に若者人口は減り続けた。

 結果、最後に残った高齢者層は町興しなんて真似は出来ないほど弱っていた。


(――でも、この世界にはまだ救いの余地がある)


 耕助は言葉に力を込めて問う。

「だが、君には戦う力があるのだろう」

 これは単に耕助の計画を前に進めたいからじゃない、

(自分のような後悔をして欲しくない――)

「君の能力がなければ、今日の植え付けはうまくいかなかった。農民ももっと疲労して倒れていただろう。これが戦場で起きた事なら、想像がつくよね」

 しゃがんでいたペスタは立ち上がり、頷いた。

「なら自分がやるべきことも――」

「わかっている」

 ペスタの視線が真正面に耕助を射抜く。


「スラッタ派が担っていた役割や責任で凝り固まっていたのだな私は」

 煙草をポイ捨てしたペスタはそれを踏み潰す。

 まるで過去の自分を解きほぐす様に、優しく踏みにじる。


「わかった、導師長にも掛け合ってみよう。スラッタ派と農兵の共同作戦と言えばなんとかなるかもしれない」

「その意気だ、僕たちの力で魔王軍に一泡噴かせてやろう。そうと決まれば飯だ。魔導は体力を使うんだろう」

 あたりの空気には香ばしく焼けるイモの香りがしていた。


 片栗粉のないイモモチは、揚げてないコロッケのような味がした。それでもキタアカリの持つ旨味によって十分な味になっている。

 それにバターのお陰で動物性のエネルギーも十分に摂取できた。


「確かに旨い」

 ペスタがつぶやく。だが問題点はそこじゃない。

「違う違う、旨いんじゃない、腹を満たすのが大事なんだ」

 ペスタに農民達の方を指し示す。


「いっちょう明日からもがんばるだ」

 ゴランが腕を振り回し、皆を鼓舞する。今日の昼間は空腹で倒れていたゴランが、である。


「そうそう、明日で全部収穫して皆に植え方を教えなくちゃ」

 ミリーもどこか元気そうだ。

「それじゃ、明日も健闘を祈り、よいしょーい」

 ゴランはイモモチにかぶりつくと皆がそれに従った。


「腹を満たし、『戦える』ようにする。僕たちの仕事はそれだ」

「ああ、そうだった、そうだな。それも一つの戦争か」

 ペスタのオッドアイは静かに燃えていた。

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